sun-flower.the.baby 2
…
そうして、彼が男の子から男になるころ、
彼はその家をさっさと出ました。
そして、都会の或る一角に住むことにしたのです。
都会は、気持ち悪いところでした。
ぼとぼとぼとと、何かが落ちていくのです。
友情や、薄情や、温情や、感情さえも。
彼は普通にその日も道を歩いていました。
「すいませんー。」
誰かが話しかけてきます。
声は、女です。
彼は振り向きました。
大きな鞄を持つ、小さな女の子でした。
彼女は「友達に…」とアパートを探していましたが、
どうやら、道に迷ったようなのです。
彼はそのアパートを知っていました。
隣だったからです。
彼はすたすたと歩き出します。
女の子は小走りになっていました。
彼は彼女が息を切らしているのに気付いて、
ふと、足を遅めました。
彼は「何してるの?」と後ろを向いて聞きました。
「大学、通ってます。」と彼女は言いました。
「へぇ…」と彼は返答します。
少し会話を交わすと、彼女も心が落ち着くと思っていました。
目的地のアパートに到着しました。
彼女は大きな鞄を彼に持って貰っていました。
それもあるのか、彼女は、
何度も、何度も、
おじぎをして、電灯の下にいる彼の顔を見ました。
彼はそこを離れます。
月が太陽のように、一瞬、見えました。
気のせいだと首をふるふるとふって、
彼は自分の家へと戻ります。
…
次の日、彼はまた同じ道を歩いていました。
「すいませんー。」
また誰かが話しかけてきました。
声は聞き覚えがあります。
そうです。昨日会った気がする、女の子です。
今日は近くにあるスーパーの場所を聞いてきました。
彼はそのスーパーの場所を知っていました。
彼女は今日も、大きな荷物を持っています。
「それ、持つよ。」
彼はその荷物をひゅっと抱え上げました。
彼女は「ありがとう」と言いました。
「どうも…。」彼は、そう返答します。
スーパーにたどり着きました。
彼女はまた彼をじっと見ながら、
「ありがとう」と言います。
彼は、気恥ずかしくなって、そそくさとそこを去りました。
…
次の日、彼はまた同じ道を歩いていました。
「すいませんー。」
彼女がいました。
彼はコンビニまで案内してあげました。
…
次の日、彼はまた同じ道を歩いていました。
「すいませんー。」
彼女がいました。
彼はコインランドリーまで案内してあげました。
…
次の日、彼はまた同じ道を歩いていました。
「すいませんー。」
彼は内心いつもの人だと思いました。
彼は後ろを振り向きます。
やっぱり、女の子が立っていました。
今日は、荷物を持っていません。
「今日は、どうしたの?」
「…。」
「また、道に迷ったの?そんなはず…。」
「どこですか?」
「?」
「あなたのアパートって、どこですか?」
彼女は家出少女でした。
大学を止めて、親に追い出されて、
誰も信じられなくなって、
この近くで、友達の家にこっそり入って、
暮らしていたのです。
彼は現実をわきまえていました。
彼は人間の心をわきまえていました。
でも、彼は今の気持ちを、知りませんでした。
彼はだんだん何かがキエテイク感じがして、
だんだん何かがウマレテク感じがしました。
…
バイトでお金を入れることを条件で、
彼は彼女を招き入れました。
自然すぎる成り行きに彼は驚いていました。
あんなに愛してくれたおばあさんを疑い、
あんなに褒めてくれた両親を疑い、
あんなにキライだった都会のど真ん中で、
彼は、変わっていたのです。
いつの間にか、
彼女は大切な存在になりました。
ウマレテク何かを彼女は受け止めてくれます。
ウマレテク何かはお互い様でした。
ただただ、彼女は笑っているだけでした。
彼はその笑顔を嫌になることはありませんでした。
…
太陽が叫びます。
また、夏がやってきたのです。
彼女はもう就職をしていました。
一流企業に勤め、
彼は会社を辞め、『一生懸命』に彼女を支えました。
「一生懸命に、支えてくれて、ありがとう。」
「気にするな。俺は一生懸命しか、取り柄が無いんだから。」
「そんなこと、無いよ?」
「本当に?」「…ホント。」
彼は彼女を優しく抱きしめました。
彼にとって、一生懸命は、
いつの間にか自分らしさになっていたのです。