その2

「・・・あれ?」

裏庭に出ようとした彼は「がりがり」という音を聞いた。
それはトウモロコシをかじる音だった。
しかしながら、彼がそっと近づいても気配を感じるのが下手らしく
裏庭へ続く階段を彼が全部下りても気づかずに、
がりがりと食べ続けている。
ここまで来ると彼は色々な怒りを渦巻かせ、
思い切り、トウモロコシ畑に突っ込んでいった。

「・・・チャオ!」
「な、何だぁ?こ、こいつ・・・。」

そこには水色の透明な生き物が立っていた。
「!」マークを頭に浮かばせて、硬直している。
口元にトウモロコシの粒がついている。
きっと犯人は、こいつだ。彼は直感でそう思いじりじり近づく。
その生物は完全におびえて、逃げることもできないらしい。

「チャ・・・。」
「このトウモロコシ泥棒がぁっ!」

彼は思いきりその生物を蹴飛ばす。
強烈な蹴りを食らったその生き物は、
「ぐるぐる」を頭に浮かべながら、川にぼちょんと落ちた。
ドゥは怒りが急速に冷め、
網をしっかり張って、階段を駆け上がった。

「さてと、レイルの家に行く約束だったな。」

彼はいつもの服に着替えて、家を出る。
そこには死にかけた老人、食に飢えた子供はいなかった。
レイルのおかげもあるのだろうかと時々思う。
みんなスラムの街の割には生き生きとしている。
今日は太陽光線がまぶしい。
カクテル・スラムの日は特にこの道を行き交う人が多い。
自分が死ぬまで続くのだろうか、この人々の行き交う姿は。
たまに、ドゥはそんなことを思いつく。
しかし、彼は別に先ほどのように悲しみに目覚めることもなく、
彼もその道に混じり込み、レイルの家へと向かった。

「あぁ、待っていてくれたのか。」
「ドゥ。今日は川の方に行かない?洗濯手伝ってよ。」
「・・・ったく。あぁ、行こうか。」

彼女の家の前にはレイルが立っていた。
そして、その横には洗濯物がどっさりと積み上げてある。
ドゥは悪態をつきながらも、空を仰いで手伝うことにした。

小川はやっぱりカクテル光線の恩恵を受けていた。
川底まで透明なそれは魚が泳いでいるのも分かる。
そして、その横で、二人は洗濯物を洗っていた。
元々油汚れは少ないので、洗剤は使う必要もなかった。

「はぁ、たまにすると結構疲れるんだね、ドゥ。」
「まぁな、・・・あれ?なんか、流れてこねぇか?」
「えっと・・・?」

ドゥは指さす方向には何か泥で汚れた物体だった。
しかし、レイルがそれを理解するくらいまで近づくと、
ドゥの態度は悪くなってた。
それは、先ほどのトウモロコシ泥棒だったからだ。

「げ、あ、あいつ・・・っておい!」

しかし、そのままスルーしようと思ったドゥは、
いつの間にか引き上げて、泥を落としているレイルを睨んだ。
しかし、ドゥは仕方ないと思い、しばらくそれを見ていた。
―後から状況を説明すれば、何か変わるだろう。
彼はそんなことを考えていた。

家に戻った二人はまずその生物を彼女の部屋に寝かせた。
ドゥはその生物についての経緯をずっと話し続けて、
一部は少し誇張させてレイルに伝えた。
しかし、思惑からはずれてレイルは冷静にチャオの世話を続ける。
さらに思わぬ事を言ったのだった。

「ドゥが育てれば良いんじゃない?」
「は?もう一回言ってみろよ。」
「この生物をあなたが育てれば良いんじゃないの?」

レイルは物わかりが遅いなぁとドゥを見ながら言った。
ドゥはもう一度経緯を説明しようとするが、
レイルはそれを止めて、寝ているこの生物を押しつけた。
彼女は怒り表情のドゥを見ていった。

「育ててみれば良いんじゃない?一人より、楽しいんじゃない?」

夕刻。
カクテル光線はオレンジ色に色を変えていた。
ドゥはその生物を一人抱えながら帰っていた。

「全く、泥棒を育てろって、なんか変な薬でも飲んだのか?」

羊毛を詰めたクッションに彼はもたれかかる。
その家の中心には「泥棒」が寝ころんでいた。
ドゥはため息をつく。
彼は、月からかすかにこぼれ落ちてくるカクテルを頼りに、
毛布を取りだしてきて、その生物にかけた。

彼は自分の羊毛布団に被さり、ふとレイルのことを考える。

「レイル・・・か。」

お互い16歳になったこの年。
彼はその生物が夢を見ていることに気づいた。
チャ、チャオっと楽しそうに声を出す。
それは昔の彼とレイルの声によく似ているような気がした。
ドゥは微笑して目をつぶる。
そして、これからこの生物のことを「チャオ」と呼ぶことにした。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第261号
ページ番号
2 / 3
この作品について
タイトル
カクテル・スラム
作者
それがし(某,緑茶オ,りょーちゃ)
初回掲載
週刊チャオ第261号