その1

某国、近未来にて。

太陽のカクテル光線がそこら中の汚い家の壁に突き刺さる。
今日は春なのに予想以上に天気がよいらしい。
屋根の上には、洗濯物がちらほらと干されている。
こんな日の街のことを人は「カクテル・スラム」と呼んでいる。

彼は、ふと空を見る。
物干し竿が平行線から平行線にいくつも伸びている中で、
わずかながらに路地にも光が入ってきた。
―今日は、まぶしいな。
彼は心の中でふとそんなことを考えていた。

「また妄想?ちゃんとかごは持ってきた?ドゥ。」

そして、それと同じくらいまぶしい生き方をしているのが、
彼の目の前に現れたレイルだった。
彼女もここと同じスラム街でむさぼるように生きてた。
だが、彼とは違い、あくまで明るかった。
この街で生きることに絶望はしないらしかった。
いつか、「この街は楽しい。」と言っていた気がしていた。嘘だ。
彼はふと手に入れたマシュマロを差し出す。

「・・・食べるか?」

日本という国は昔はもっともっと栄えたらしい。
ゲームというものを誰もが持っていた時代もあったらしい。
だが、ここにはもうそんな物はケムリのように消え去った。

機械は全て戦争に使われた。
結局、第二次世界大戦の悲しみを誰も思い出すことが無く、
敗戦。多額の負債を抱えた「スラムの国」と化した。
誰も手をさしのべるところはない。
最近、他の国がそろそろ核でこの島ごと消そうと考えている。

でも、この街もあの町も、どこも焦ることはない。
焦ったって意味がない。
彼女も同じようなことを考えているのかも・・しれない。

「俺たち、ここで死んで、誰にも見られることが無く・・・」
「誰かに見られることはあるね。―食用として。」
「・・・おい、真面目に答えてく―」

レイルはドゥの言動を止めた。
同い年の割にはきちんとした人間だとドゥは常々思っている。
だが、これはきちんとしているからと言う理由ではないだろう。
ドゥは分かっていた。
そして、レイルに「ゴメン」と一言言った。
二人はまた歩き出す。果報は寝て待っても、来ない。
その世界にも、幸せはあるのだろうか。
彼はそんなことを考えている。

レイルの家はスラムの中でも割と裕福だった。
彼らの土地が、農作物が良く育つ。豆も野菜も果物も。
だから、ドゥもその恩恵を受けている。
たまにレイルが両親に隠れてお裾分けをしてくれるからだ。

レイルには両親がいる。
だが、ドゥには両親さえいなかった。
どこかに行った。ドゥはそれ以上詮索したくはなかった。
今は死んでいるのかもしれないし、新しい家族を、
それぞれ作っているのかもしれない。
どちらにしろドゥはもう、両親とは―家族とは言えなかった。

だから、彼は食事と衣類以外は全部自分でまかなう。
家も廃屋を改造して、割と住みやすい物にした。
家具も自分で作った。
羊と牛を子供から育て上げた。
共同農場では彼の牛と羊は最初の5倍以上になった。
柔らかい毛も、ミルクも、そこで手に入れた。
彼のそのような力はあのレイルも尊敬していた。
だけど、彼は満足していなかった。
レイルにはあって、ドゥにはない「最大」の物。

家族だった。

「・・・ふう、ありがとう、こんなに沢山・・・。」
「いいよ、ドゥ。別に私たちだけ生き残りたくなんて無い。」

ドゥはかご一杯に野菜と果物を積み上げ、
きれいな衣類もまた何着かもらっていた。
彼は「また来る」と言って、自分の家の方向に戻った。
レイルはその光景をしばらく見ていたが、
やがて、家のドアを開けた。

「ドゥ・・・か。」

レイルは自分の部屋でうずくまっていた。
このスラム街に自分の部屋があるのはとても珍しい。
それは両親が野菜をせっせと売りに行っているからだろう。
そして、農場管理に誰かを雇っている。
そんな中でレイルはただでドゥにそれらをあげている。
少し、罪悪感に悩まされていた。
・・・だが、止めるつもりはなかった。

さらに、裏庭の農場の他に、彼女は密かに自分の畑を持っていた。
それはトウモロコシ畑。
そのトウモロコシは自分とドゥしか存在を知らない。
その畑はドゥの裏庭にあった。
二人はその収穫を半々で分け合っていた。

「よいしょっと。」

その頃ドゥはかごをどすんと家に置いた。
家の中は小ぎれいに整理されている。
彼はそんな性分はみじんも無いと思っていたが、
太陽光線が当たる部屋の中にはきちんとした大きなスペース。
彼はため息をついた。
そして、裏庭のトウモロコシの育ち具合を見にゆこうとした。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第261号
ページ番号
1 / 3
この作品について
タイトル
カクテル・スラム
作者
それがし(某,緑茶オ,りょーちゃ)
初回掲載
週刊チャオ第261号