5
3年後、俺はスラムの酒場で仲間と酒をかわしていた。
俺は結局、あの後、暗殺者の仕事を始めた。
報酬は高い。
今更…だが、あいつを富裕地区に住まわせる力もある。
勿論、犯罪者なのでその場所に住むのは不可能なのだが…。
だから、未だにこの貧困地区に家を構えて、
仕事以外の時間は気楽に酒や肴をつまんで談笑していた。
明日、富裕地区のあるお偉いさんを殺すことになっている。
いつも、仲間は3人、つまり4人で行動することになる。
今日の終電の天井に乗って富裕地区に乗り込む。
…しかし、俺は前回に殺しを担当したので、
実際、俺は今回行く必要はない。
逃走ルートの確保やそう言う下準備を任されているだけなのだ。
もう、その仕事は遂行してある。
…そう、俺はつまり、別の理由があって富裕地区に行くのだ。
……。
翌日の夕方。
富裕地区のとある安アパートにて。
19歳のとある女はまたいつものように割り当てられた部屋に帰ってきた。
そこは大して昔と住んでいた所と代わりはしなかった。
夢とはかけ離れた過酷な生活が待ち受けていた。
ため息をついて、窓を開ける。
窓の外の景色だけが唯一昔と違う事だった。
綺麗な森、空、建物、
確かに自分は今富裕地区にいる。
でも、その富裕地区と、かつて思っていた富裕地区は別のように思えた。
誰かと結婚なんてもってのほか、
世間にさえ出してくれず、虐待はないものの、過酷な労働を強いられ、
食事はやはり、ジャムだった。
普通の食料など与えさえもしてくれなくて、
自分は泣きながらそれを食べ続けているのだ。
……。
『ジャム、もう慣れたよね。』
『飽きないのか…お前は。この味に。』
『慣れたの。もう飽きるとか飽きないとか、あまり思わないかな。』
『お前は幸せなヤツだな。』
『なにそれ?…でもそう、いま私は幸せだから…。』
『ふふ…なんで?』
『…きかないでよ。分かるくせに。』
……。
いつか、大切な人と話した会話。
最後の別れの時、彼はきっとこのときの幸せを疑ったに違いない。
そして、私も、実際、あの幸せを疑っていた。
もし夢が叶ったら、もっと素敵な幸せが待っているのかと思った。
でも、今更…。
私はあのときが一番幸せだった。
嘘じゃない。不本意じゃない。
今となれば分かる。あのときの私が本当の私。
夢にあこがれたあの広告を見たときの私が、嘘の私。
そう、彼が富裕者でも、私が富裕者でも、
きっとあの幸せは手に入らなかった。
あの場所が、あの状況が、二人が、運命を作って、
幸せを産んでいた。
…私は、運命を見捨ててしまった…。
私は窓の外をぼーっと眺めた。
そして、涙で潤った目を、汚い布でこすって、
目を開けた。
目を開けると…そこには人がいた。
「…やぁ、『亜子』様。お迎えに上がりました。」
「…誰?」
と、突然、その男は2匹のチャオを衣服の中から取りだし、
肩に乗っけた。
白いヒーローカオスと、赤いダークカオスだ。
…まさか。
「あなた…もしかして……。」
「…ん?あぁ、衣服は職を変えて稼いだおかげで綺麗になってるだろ?
赤いピュアチャオも俺が工場から買い取ってダークカオスにまで育てたぜ。
食べ物もたくさんあるし、お金かってたくさんあるんだぜ。」
「ゆー…?」
「…やっと、お前とまた一緒になれる。
…分かっている、こんなに放っておいて、傷つけておいて、
本当に俺は、わがままな人間だって事。
…暗殺が仕事だし、結局、犯罪者になっちまったし…
育てたチャオはダークのまま進化したし……。」
「…ううん…良いよ…過去なんて、汚い部分なんて、そんなの、良いよ…。」
亜子はいつの間にか涙を流し始めていた。
赤々しい、血生ぬるい過去を背負ってきた二人の思い出を想って。
白い、まだ何も分からない、でも疑い無く、続いてゆく二人の未来を想って。
決して悲しい涙なんかではない。
それは…。
「…さてと、後は心をどうにか満たさないとな。お互いに。」
「ゆー…。」
「…あ、そういや、ずっと前に、お前だけが大切と思ったとき、
つぶやいて、聞こえなかった言葉があったろ?」
「うん…覚えているよ、全部、覚えている。」
「今、言って良いか?」
「うん。」
「亜子、…愛してる。」
「…うん。」
俺は亜子を抱えた。前とさほど変わらない体重に驚いたが、
走って持ち去るにはちょうど良い重さだった。
俺はアパートの屋上から、建物を飛び移り、
『西』へと、追い風を受けた。