4B
俺は金のハリを持った。そして、俺は亜子の未来を指し示した。
俺は勢いよく亜子の手を引っ張った。
そして、工場の中を一目散に駆ける。
亜子は俺の行動の真意を全く分かっていないらしく、
俺にただただ着いてきた。
俺はふいに一匹の赤いピュアチャオを掴んだ、
そして、それを思い切り鍋の中にぶち込んだ。
勿論、熱湯だ。
「…!!ゆー!!」
亜子は驚きと共に、
これまで見たこと無いくらいの怒りの顔をして、
俺を侮辱するかのような叫び声をあげた。
次々と思いつくままの罵声を浴びせる。
亜子がどんどん鍋の中のお湯のように、
沸騰に近づくことが分かった。
俺はそれをじっと、静かにきいていた。
そして、彼女は最後にこう締めた。
「ゆー!最悪だよ!罪!罪!犯罪者!犯罪者!」
いつもの亜子からはきかれない言葉。
でも、これで良かった。
俺ははじめからこうなることを予想していた。
そして、ここで、
俺はとっておきの…出来れば一生取っておきたかった…言葉を発した。
「…お別れだよ。」
「…へ?」
「俺は亜子にとって、たった今、敵になったんだ。
お前はもう俺といつでも離れれば良いんだ。」
「へ…。」
そのとき、急に暖まったポットはコンセントを抜かれ、
徐々に熱が冷めていくのを俺は感じた。
でも、俺はもう自分の口を止めることは出来ずに、
さらにたたみかける。嘘も交えて、
亜子を、責めて、責めて、二度と俺の所に帰らぬよう。
俺には他に女がいること
亜子の欠点や嫌いなところ
俺が持病で余命わずかなこと
そんなモノ、…あるはずがないのに、あるはずがないのに。
俺は嘘をただただ淡々と話して、自分の大切な人を、
意味の分からない感情で追いやろうとする哀れなアジアンボーイだった。
…気がつくと、亜子の声も、俺の声も、
いつの間にか、工場の雑音に消されるくらい小さくなっていた。
亜子の声は小さく、弱くなり、
もはや先ほどの怒りをぶつける元気もなくなっていた。
隣ではチャオが死んでぷかぷかと浮いている。
そんな、亜子にとっては地獄のような風景のはずなのに、
それも関係なく、俺たちは互いをじっと、見ていた。
「…もうやめよ。やめよ…。」
亜子が声を漏らした。
俺の言葉を真に受けたのか、俺の圧力に潰されたのか、
泣きそうに、うつむいていた。
俺は抱きしめたくなった。当たり前だ。
…でも、もう亜子を抱きしめるわけにはいかなかった。
「あぁ、やめる。もう、お前とは話さないでおくよ。」
「ゆー…。……。ねぇ、ゆー…ゆーは私のことが、嫌いなの?」
大好きだよ。
もし、今の状況が、何の変哲もない日常だったならば…
素直になることが苦手な俺でも、そういえたのに、
今は、…
「あぁ、そうだよ。元々、そんな風にして始まった訳じゃないし、
お前とは所詮形式だけの関係、形式だけの幸せだったんだ。
もう良いだろ?もうお前は自由なんだよ。」
「ゆー…。…。」
亜子は無言で涙を流して、その場にうずくまった。
さっきの広告を見たことを後悔しているのか、
俺にそれを提案したことを後悔しているのか、
それとも、チャオが好きだったことを後悔しているのか…分からない。
ただ、亜子も自身を責めているようだった。
自分に責任を押し込んで、訳も分からず混乱して、泣いているのだ。
「…ここにいると邪魔だろ?俺はもう行くぞ。」
俺は亜子を無視して、場から去ろうとした。
その時、やっと落ち着き始めた、
亜子の呟いた声が、俺の心をちくちくとつついた。
「ばかだよ…ゆーは、ばかだよ…。
私の気持ちなんて、ちっとも知らないくせに…ばか…。」
……。
次の日、俺は椅子の上で寝た。
ベッドだけは、開けておいた。
せめてもの、でも最小限の、亜子に対する償いだった。
帰ってきたとき、寝床くらいは用意してあげようと、そう思ったのだ。
しかし、亜子は、いつまで経っても、戻らなかった。
…俺は知っている。
亜子は決して自殺するような人間ではないことを。
誘拐されるような街ではここは無いと言うことを。
俺は知っている。
亜子が今、どこにいるかという答えを。
俺は知っている。
亜子は俺といて幸せであったことを。
それが過去形になったことを。
俺は窓から顔を出した。
『東』の方向をしばらく見つめていたが、
その時、どこからか汽車の出発する音が鳴り響いた。
明日、亜子は初めて富裕地区というモノを見るだろう。
今日の夜の夢の延長線上で…
『Please determine their future』 ~未来を決定せよ。
5・3年後、俺はスラムの酒場で仲間と酒をかわしていた。