3B
俺は、亜子を一度自分から解いた。
そして、亜子の小さくて弱い体を優しく抱きしめた。
「ゆー…。」
「…亜子、ごめんな。ごめんな…。」
俺は亜子を抱きしめ続けた。
スラムの人間はもはや野次馬さえもせず、平然と道を通り過ぎる。
俺は亜子にずっと「ごめんな」を言い続けた。
と、亜子がゆっくりと顔をあげる。
涙が出そうになっていたが、なんとかこらえながら俺に笑いかけた。
俺はもう我慢が出来なかった。
亜子の唇を、奪った。
人が若干こちらを見る。だが、彼らにとっては自分自身の方が大切である、
すぐにどこかに歩き去っていった。
亜子は「ん…。」と少し声を漏らしたまま、俺の腕を放さなかった。
俺も亜子の顔を放そうとはしなかった。
数分後、亜子は俺から顔を逸らして、…でも、腕を抱いたまま、
本当に、軽い笑みを漏らして俺の方をじっと見た。
「ゆー…良いよ、もう良いよ。
私はもう大丈夫。ありがとう…ゆー。」
「…あぁ、…行こう、もうジャムは食べなくて良い。
今日から俺は二倍働くから。」
俺は亜子と共に工場へと向かう。
雲はいつの間にかとぎれ、川はいつもより澄んでいた。
スラムの一瞬の或兆し。
あまりにもタイミングが良すぎるそれに、
俺は笑みと言うより、むしろ苦笑いを漏らしていた。
……。
工場に入ると、そこは小ぎれいなロビーがあった。
俺たちは拍子抜けしてその中に入る。
「…まだ大丈夫みたい。」
「あぁ、良かったな。…それにしても雑な広告の張り方だな…。」
「ねぇ、中って、どうなっているのかな…?」
「…俺が見に行ってくるよ。」
「…大丈夫?」
「あぁ…。」
俺は亜子のためにも単身で工場の中に入った。
……。
…見た瞬間にカルチャーショックを受けたのは初めてだった。
赤いピュアチャオが大量に生きたまま熱湯の鍋に入れられている。
悲鳴が聞こえる。鳴き声が聞こえる。やがて消える。
それの繰り返しでマユさえ作らずチャオは形を残したまま死んでいた。
そして、鍋からチャオの死骸がどさりと網に掛けられ、
また、鍋に砂糖などと共に煮詰められ、どろどろの赤い液体…ジャムが、
どんどんと瓶詰めされていた。
「…ひでぇ。」
俺は人間が見てはいけない光景を見てしまった気がした。
…やっぱり、亜子は帰した方が良いのだろうか?
こんなのを見せたら、
俺は亜子に嫌われそうで、怖かった。
俺は足をかすかに震えさせたまま、
ロビーの白い床を踏んで亜子の元へ行った。
と、そこで亜子は何か一つの広告に熱心に目を通していることに気づいた。
俺は亜子の肩越しに、
その広告の内容、いや、大文字で書かれているところしか、読めないが…
俺はその大文字を一文字一文字丁寧に読みとった。
『富裕地域で働く女性、募集中』