2A +α
…。……。
……!?
ジャム、ジャム、ジャム…!?
その瞬間穏やかな空気は一気に寒冷化し、
外にあった枯れかけた木が雪に覆われさらに枯渇していくイメージを目に写した。
いや、それは例えでも何でもなく、本当にそう見えたのだ。
俺はさっきまで良く動いていたジャムのスプーンを机に置き、
冷や汗を背中ににじませながら彼らの目を見た。
彼らの目が一瞬先ほどの木とオーバーラップした。枯れ果てていた。
彼らはやがて窓枠から顔をはずし、またどこかへと走っていった。
俺は顔の向きを亜子の方に向けた。若干の恐怖を覚えながら。
若干の恐怖は、当たっていた。
亜子はスプーンを持った右手がブルブルと震えている。
目は瞬きをせず、ある一点…ジャムに焦点をじっとあわせていた。
そして、目が閉じたかと思うと、
安い椅子と共にストンと床に転げ落ちた。
「亜子…!」
俺は亜子を抱きかかえると、急いでベッドにその身体を運んだ。
精神的ショックがかなり大きかったと見られる。
それもそうだろう。
俺でさえ、あれだけの衝撃を持って受け入れた現実を、
チャオが大好きな、亜子がその衝撃に冷静に対応できるとは思っていなかった。
思っていなかったが…ここまでだとは思わなかった。
ヒーローカオスチャオは赤色じゃないし、不死身だから何しようが死なない。
多分、こいつがジャムになることはないだろうが…。
でも、それで気休めにはならないだろう、亜子にとっては。
こんなレアな特別なチャオの、
何千倍ものチャオが殺され、
ぐちゃぐちゃにされ、
ジャムにされる。
そして、何より、俺は25年、亜子は16年、このジャムを食べてきたのだ。
そして、何より、これで幸せの柱を一本作り上げていたのだ。
総てががらがらがらと壊れる音がした。
その昼、俺たちの工場で事故があったらしいが、
そんなことを追い抜くぐらい甚大な事故がここにはあった。
夜になっても亜子は起きようとはしない。
真夜中になって、彼女はようやく口を開いた。
「ねぇ…ゆー。」
「…亜子…。」
「私、もうジャムは食べられないよ…。」
「あぁ、良いよ、気にするな。俺が何とか、まかなう。」
「…嘘。そんなの無理よ。今のこのスラムじゃ、ジャムしか食べられないもの。」
「…でも、お前を餓死させるわけにはいかないんだ。」
「……。
私、以前あなたからきいた質問の答えを変えても良い?
…やっぱり、私、あなたが富裕者の方が良かった。
あなたが富裕者なら…私は…知らなくて良かったの…。
あなたと会うこともなかった、あなたといなくても良かった。
幸せを知ることなく死ねば良かった。
あなたは苦労せずに生きていけるの。…全部が良い結果になったのに。」
亜子は全身全霊で総ての言葉を吐いた後、
ベッドで深呼吸をして、俺の方をじっと見た。
悲しくなった。切なくなった。
そう、実際、彼女を満足させられるくらいのジャム以外の食料など、手に入らなかった。
相乗効果だ。
もう、どうしようも、悲しくならずにはいられないのだ。
「…そんなこと…。」
「ゆー?」
「そんなこと言わないでくれ…。そんなこと…。」
「ゆー。…ゴメン。ゴメン、ゆー。私のわがままなの。
お願いだからうなだれないで…。」
亜子は少し涙を浮かべていた。
俺は悲しい声は出したが、涙までは流せなかった。
スラムという現実にあまりに慣れすぎて、順応する速度が速すぎて、
涙を流す純情などとっくに消え去っていた。
翌日。
俺たちは悲しみで満腹になり、ろくに丸一日何も食べなかった。
亜子は今日もまた俺より早く起きて、俺の肩を揺すった。
俺は手を伸ばして新聞紙の塊から足を出す。
工場は爆発したらしく、今日からは当分復旧作業になるらしい。
俺は皮肉にも『ジャム』工場で亜子と共に働くこととなった、知らせを受けた。
スラムとは現実だ。
勿論、こんな『ちっぽけな』感情で工場を休めるはずがない。
俺と亜子は二人で家を出た。
亜子はずっと俺の腕で目を隠していた。
かすかに震えさえもしている。俺は思わず亜子を家に帰したくなった。
…が、ジャム『以外』の食料を買うには二人分働かないといけない。
亜子もそのことは十分承知していた。
…俺は決断した。
『Please determine their future』 ~未来を決定せよ。
3A・俺は、亜子を抱えて工場から家へと引き返した。…
3B・俺は、亜子を抱きしめた。そして、手を握り、工場へ入った。…