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「唖夢…泣かなくて良い。」
「なんで、泣いちゃだめな理由を教えて。」
「…お前が好きだから。」
「バカ…何寝ぼけてるの?昔の家族のこと、思い出したんでしょ。」
「それを知っていて…だ。」
唖夢は俺の方を寝そべりながら見る。
俺は唖夢の手を引き寄せて、言った。
「涙は、不協和音みたいに二つの意味がある。
悪い意味と、良い意味だ。
…お前の涙を良い意味にしてやる。」
「ゆー?」
「…結婚しよう」「どういう事?」「ずっと一緒にいようって事だ。」
「…浮気者。」「浮気者で良いさ。俺はお前を本当に好きになったんだ。」
「…信じて良いの?」「信じないなら、…。」
「ダメ、行かないで。」
「…あぁ、お前が言うからな。行かないよ。」
唖夢はまた泣き出した。
俺は優しく彼女を抱え上げて聞いた。
「その涙は…どっちの意味で?」
「多分…、…良い意味!」「そうか、それは良かった。」
「私、ずっと怖かった。
過去が分かれば絶対に遠くへ行くと思っていた!
最初、ゆーって聞いて良い?って聞いたときも、
過去のことを思い出さないか、怖くて溜まらなかった。
思い出した瞬間、私はあなたを殺さないと行けなかった。
でも…でも…ゆー!」
唖夢は泣き顔で、俺の身体に飛びついてきた。
寒い風が吹く。しかし、そんなことをみじんに感じないくらい、暖かい。
「ゆー。これからずっと、ゆーって呼んで良い?」
「あぁ、約束するよ。
何のわだかまりも、後ろめたさもないけど、良いよ。」
「ずっと一緒にいてくれる?」「あぁ」
「ずっと一生一緒にいよう!」「あぁ」
唖夢は俺に抱きついたまま、
耳元で呟く。
「ねぇ、だっこして。」
「仕事は、どうしたんだ?」「無かったことにすればいいじゃん。」
「亜子は…?」
「殺しはしない。あなたが悲しまないよう。
でも、そうしなくても多分、もう彼女がここにいる理由はないだろうから…。」
「…そうだよ…な。」
「もう一度聞いて良い?」「何を?」「ずっと…いてくれる?」
後悔はなかった。多分、俺は彼女を一生愛するだろう。
亜子は結局過去であり、
未来はきっと、違っても良いはずだ…。
未来は、きっと…。
「…あぁ、約束するよ、唖夢…。」
Fin
【アルバム4】唖夢の涙
今、俺と唖夢は夫婦である。
偽りから始まった恋だが、
これからは真実の愛しか待っていない。
涙は「女の武器」とかで良く批判されるが、
涙は目の掃除云々で片づけられてしまうかも知れないが、
そんなものだけのために涙が用意されているわけではない。
生まれて最初の表情も、涙だし、
悲しいときも、つらいときも、嬉しいときも、涙である。
そして、幸せなときも、…。
唖夢と生きていくうち、彼女は何回も泣くかも知れない。
俺はそれを見て怒ったり、悲しんだりするだろう。
でも、あの時の、
あの涙だけは信じている。
あれは、幸せなときに流す涙だと…。
【アルバム7】取り戻せなかったもの
ある日、貧困地区の小さな小屋で、
男と亜子がいた。
男は昔の亜子の夫の仲間だったものだ。
彼らは皆、亜子に手を出すことなく、
彼女たちを養ってくれている。
「…ゆー。」
私は結局取り戻せなかったね。
子供達もチャオ達も、もう、あなたのことは忘れて、元気に暮らしている。
…何であの時、私は彼を引き留めなかったんだろう。
それは小屋から出て行くとき、
3年前、この家から出て行くとき。
チャンスは二度も来て、私はどちらも逃した。
ゆー。大好き「だった」ゆー。
あなたが他の人に向ける幸せが、
もしも、こっちの方に向いてきたら、私は…。
女は今日も待ち続ける。
愛した男が、このスラムの欠片へ帰ってきてくれる、その時を。