4B
……
そして、満月のさしかかるある一時。
俺は道の途中、ジャムの蓋を開けて、
中身を人差し指ですくった。
そして、それを、ゆっくりと、俺の口に入れる。
その内心は、一応食べて、感想の一言でも言おうと考えていた。
しかし、その味は、何とも感想が付けがたいものだった。
「…苺じゃ…無い?」
そう、それは確かに甘いが、苺の味ではない。
ただ、こっちの方が苺と思えるくらい…懐かしかった。
これは…?
……亜………子……。
一瞬、また俺の頭で独りの女性の声が浮かんだ。
しかし、以前の比でないくらい、
俺の頭でスピーカー倍増で響いている声がする。
何か、求めるように、追い求めているように。
近づく。
近づく。
何かが、近づいてくるのだ。
亜………子………亜……子……亜…子…。……!!
その時、ぼやけていた頭の片隅が急に激しく痛み出した。
過去が、過去が、過去が!
俺が!俺が!俺が!
「あ…ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁ!」
俺は狂気に駆られたように月に向かって大声で叫んだ後、
ばたりと地面に倒れた。
まるで映画を数百倍に再生したかのように、
俺の頭はフルパニック状態に陥ったのだった。
……。
雪が降らない冬の街。
俺はしばらくそのままでいたが、
やがて、すたりと立ち上がって、小屋の方へ向かった。
思い出した。
全部思い出した。
俺は貧困地区に住んでいて、妻もいて、子供もいて、チャオもいた。
3年前にここに来て、その日のうちに帰るはずだった。
その時に、…思い出せない。まだ、その記憶は、戻らないのか…?
しかし、今の現状を知るには十分なくらいの過去が一気にフラッシュバックをした。
俺はこんこんとドアをノックする。
明るい光の中から、
やっと愛おしく思えるようになった、1人の女性が顔を出した。
「…いらっしゃい。
さっきは外で大声出して…どうしたの?」
「…思い出したんだよ。過去を。」
「…?…もう、また、何を冗談言ってるの?
何を思いだしたって言うの?」
「チャオのジャムで思い出させるなんて…
あんなに嫌がっていたものに、借りを作ってどうするんだ?」
「!!…本当に…?…嘘…。」
「あぁ、俺は思い出したよ。全部思い出した。
消えかけていた影が、急に俺の頭へと戻ってきてくれた。
…なぁ、亜子。」
彼女…亜子は、俺の顔をじっと見ていた。
黒い瞳。長い髪の毛。小さい背。慕うように抱きつく手。
確かに、亜子だ。
「ゆー。…やっと会えた…。」
「亜子…ただいま。」
「おかえり…ゆー…。」
小さい手を亜子が伸ばす。
俺はそれをしっかりと受け止めた。
もう彼女を「あなた」と呼ぶことはない。
亜子だ。
俺はこのまま彼女を自分にくっつけておきたかった。
…しかし、俺はまだ…しなければ行けないことがある…。
しばらく…亜子は俺をしばらく抱きしめていたが、
俺はその手を優しくつかんで、取った。
「今は…しないの…?」
「ベッドの上でな。それに今…俺はやらないと行けないことがある。」
「着いてく?」
「…来ない方が良い。」
俺は黙って小屋を出た。
やけに寒い風が、空腹しているのか、
俺に何度もかみついてくる。
耳が痛い。頬も冷たい。…これは何かの予感なのか。
そして、…それは確信に変わった。
林を抜けていこうとした、その時。
急に、近くの木に何かがスパンと当たった。
…銃弾だろう。
誰が撃ったかは、分かっている。
「唖…夢…。」
「銃を抜いてよ。」「理由を教えろ。」
「あなたが過去を知った以上、RBを脱走することは分かっている。」
「…本当にそれだけが理由か?」「そうよ、悪い?」
「嘘だろ」「嘘じゃない」「いや、嘘だ」「嘘じゃない!」
バンと乾いた音がして、また木に堅いものが当たる音がする。
唖夢は淡々と続ける。
しかし、俺には分かる。彼女の心の奥底の熱いものを。
「さっきは取り繕っていたけど、今はさっきと違う。
仕事よ。仕事として、あなたを殺さないと行けない。」
「殺して、お前はどうするんだ?
また1人で、
ずっと1人で、
たった1人で、
殺しを続けていくつもりなのか!?」
「そうよ!それが私の人生よ!」「嘘だ!」「嘘じゃないいっ!」
これまでに聞いたこともない大声。見たこともない顔。
歪んだ可愛い顔。目から流れる涙。いつもと違う、ぱさついている髪の毛。
…本気なのか?
俺は身の危険を感じて、撃ちもしない銃を出した。
…が、その瞬間、唖夢は反り返って、
倒れた。