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「…どこにでもいる、男ですよ。」
「どこにでもいる?そんな男の方が、変声マイクをつけますか?」
「趣味ですよ。」「なんて悪趣味。」
俺はマイクを取り外して、今度は生の声で話しかけた。
「ま、ただの男ですから、気にしないでください。」
「!!」
と、女はその瞬間、ばっと俺を引っ張って林の中に連れ込んだ。
不意打ちで俺も反応が出来ない。
なすがまま、ずっと林の方を引きずられていく。
しかし、不思議と林の木々がヤケに俺をおとなしくさせる。
これが、アロマなんちゃらか。…いや、そんな考えている場合じゃない。
…。
しばらくして、ふと顔を前に向けると、
小ぎれいな小屋が、林の一番奥深いところに建っていた。
これは…。
「やっと、二人で会えたね。…ゆー。」
「どうしてお前が、俺の名前を知っているんだ?」
「…そうだよね。でも、もう少しすれば、私の名前も思い出せるはず。」
「…?」「過去を、覚えていないんでしょ?」「!!」
その女は俺を小屋の中に入れた。
ふと、彼女の肩に目がつく。銃創だ。麻酔銃の…。
「おまえは!」
「お久しぶり。2年以上の間があいたけど、私は生きているよ。
あのときは、逃がしてくれて、ありがとうね。」
「逃がしたつもりはない。」
「逃がしてくれたんでしょ?麻酔銃を撃って、そう…。」
……
「…今、撃ったの?
…感覚が無くなっていく…。」
「俺は…。」
「…、ねぇ、…。私が…分か…る…?………。」
彼女はばたりと倒れた。
と、すぐに彼女の寝息が聞こえる。
俺は、麻酔銃を撃って、彼女を寝かせた。
何がそうさせたのかは分からないが、俺は殺せなかった。
しかし、ここにいればきっと唖夢に殺される。
俺はとっさに近くにあったボートに、彼女を乗せ、
上からビニールシートをかぶせた。
そして、川にボートを乗せ、下流に流れるのを確認したら、
唖夢に携帯で電話をかけた。
「…唖夢か?俺だ」
「携帯で連絡よこすって事は?」
「あぁ、仕事を果たした。
ついでに彼女は小川の中に飛び込んで、死体は行方不明。」
「…はあ!?あのね!死体がないと分からないでしょうが!
もうバカバカ!報酬もらえないよ!」
「…んなこといわれてもなぁ…。」
……
「…そうだ、俺は、お前に麻酔銃を撃った。
そして、川に流して逃がした。」
「うん。でも、麻酔の量を調整してくれたおかげで、
上手くこの林を流れたときに目が覚めたんだけどね。」
「家事はどうしているんだ…?」
「私、街で働いているから。そこで洗濯をして、おこぼれを貰ってる。」
「パブか?」「違う、ただの食料品店。」
「そうか…。」
少し安心する俺に嫌気が差す。
俺には恋人がいるじゃないか…。…いるけど…。
銃の弾を抜いた。
万一彼女を撃ったら大変だし、俺自身が安全だと示すためだ。
携帯も、唖夢に感づかれないよう、電源は切った。
彼女はコーヒーを差し出して、
自身も近くにあったクッキーを食べながら、こっちを向いた。
「政府関連のデータや、諸々も、色々調べて、3年ここにいるけど、
ま、生き残っているよ。」
「誰のため。誰か、待っているのか?」
「…あなたよ。」「…何故?」「今は分からなくて良い。そこは…自力で。」
彼女はコーヒーをすする。
俺は暫く政府関連のデータに目を通していたが、
「…これ、全部正しいのか?」
「えぇ、政府の建築した建物や、その他色々と書いてあるわよ。」
「…抜け漏れは?」
「無い。地下施設は分からないけど、目に見えるものは全部記載してある。」
「…へぇ。」
すると、ここで、彼女は別の仕事に行くと言うことで、
そろそろ、ここを出なければ行けないようだ。
俺は政府のデータが少しばかり気になったが、
さっさとそれを片づけた。
彼女はすこしほほえんでこちらを見て、
「私の名前を思い出したら、また来てね。
今日は、来てくれたお礼に…。」
彼女は一つの苺のジャムを俺に手渡した。
どうやら、自家製らしく、ラベルも手作りだ。
…と、その瞬間、急に心臓にずきんと来るものがあった。
俺はとっさに胸を押さえる。
「…どうかしたの?」
「大丈夫…なんかの心の迷いだろう。」
「そう…ならいいけど…。
そのジャム、おいしいから絶対に食べてね!」
「あ…あぁ…。」