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…沈黙が流れる…。
3年来、一度も聞かなかった唖夢の本心。
俺はたまに見せる甘えた動作が気になっていたが、
今までは秘密にしていることだろうと、静かにしておいた。
だが、今日は、思い切って、言葉が出てきてしまった。
「私は…。」
口が開いた。
「私は寂しい。
自分の価値は殺すことなんでしょ、仕事上、さ。
でも、それだと救われない。救われないの。
死んだ人間に熱はないの。当たり前だけど、虚しい。
だから、そう言うとき、誰かそばにいて欲しいわけ。」
「…俺で良いのか?」
「ん…そうだね。…あなたがいいや。
…でも、…」
「…でも、」ともう一度続けた後唖夢は無口になった。
バットを見て、苦笑いをして、そして、少し泣きそうになって、
こらえていた。
俺は何を言えばいいのだろう?しばらく俺も無口になる。
「…ねぇ、これからさ、これからさ…。」
急にまた沈黙が開けた。
唖夢はいつものあの殺し屋の顔ではなかった。
3年間弱いっしょにいて、こんな顔は初めてだった。
「これからさ…ゆー、って呼んで良い?」
「…「ゆー」?」
「そう、「ゆー」。」
「……。」
唖夢は心配そうに俺を見た。
ずっと、かんがえて、考えて、呼び続けようと考えた呼び方に違いない。
俺は「初めて」こんなあだ名をきいた。…いや、また嘘をついた。
俺は何か先ほどの貧困地区に似た「懐かしさ」を感じた。
でも、…それでも、唖夢のつけた名前だ。
俺の記憶で最優先されるのは、それだけだった。
それ以上も、以下も、無かった。
「あぁ、…。いいよ。」
「ゆー…。ふふ、ゆー!」
唖夢は急に満面の笑みを浮かべて俺を突き飛ばした。
俺は今にも丘から転げ落ちそうになった。
背中から何とか地面に落ちた。
ふうと、俺は安心したが、次の瞬間、今度は上から唖夢が抱きかかってきた。
「良かった…。」
「そんなに、嬉しいのか…?」
「嬉しい…やっと、安心できる…。安心して…。」
「…?」
「ずっといてね。
私より早く死ぬとか、絶対に許さない!」
「はいはい…。」
雲は一瞬こちらに来ると思ったが、風が吹いていないらしく、
あのままでとどまっていた。
東の空は、まだ明るい青色を見せたまま、
光り輝く世界を残したままでいた。
A flower on the grass, out of the blue, calls me U.
And, say I love you, I love you, don’t feed out the happiness…
(突然、野原に寝そべるあなたがゆーと呼んだ。
そして、愛してる、愛している、だからここから消えないで、と…)
「…約束するよ、唖夢」
「約束だよ?」
「あぁ、約束だ。」
「…嬉しい………………大好き。」
だが、その夜。
俺はホテルで疲れて寝た唖夢をそのままに、
独り、まだ明るいままの街に入っていった。
午後7時。
10時になれば、修学旅行のごとく、この街は一斉に消灯する。
その時の光景はまさに、光が一気に消える美しさ。
そして、その後に襲う、ひどすぎるむなしさ。
「ずっと一緒…か。」
「ずっと」なんてあり得ないこと、
あいつの方が知っているに決まっている。
俺は疑心暗鬼にそう呟いた。
こんな仕事柄。貧困地区の平均寿命より生きていられるかも微妙だ。
それなのに。それなのに…。
唖夢は、あいつは、俺に何を、求めているんだ?
俺は……。
と、その時、
俺はふと何かを蹴ってしまったような感触がした。
…チャオ、か?
俺はその泥だらけのチャオを見た。
それは汚かったが、紛れもない、ヒーローカオスだった。
「……。」
俺は、自動販売機でblack coffeeを買った。
dirtyでuglyな、この白い、このチャオも。
そう、俺は担いで、…何故かは分からないが…、
ヒーローカオスを持って帰る事にしたのだった。