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と、突然ドアが開いて小さな女が入ってきた。
いつものようにデザインが入るジーンズと、
派手なデザインの白のカットソーと黒いトップス。
子供っぽい白い、ハートが沢山描かれているニット帽。
…二十歳なので、一応「女の子」とは言わないでおく。
「やあ!」
「…元気だな、お前…。」
「朝大好き!もうここのバイキング最高!ちょっとくどいけど!」
「…そうかそうか。
ったく…三日前に5人も殺した女とは思えないわ…。」
「ふふふ、仕事とプライベートは別!
政府も良いわね。こんなホテルの部屋を取ってくれるなんて。」
「…まあな。」
俺はそいつの顔を眠そうに見上げた。
朝嫌いな俺と対照なこいつ、名前は「月見 唖夢(つきみ あむ)」という。
なんというか…名前から分かるように子供っぽい。
仕事とプライベートは別と言ったが、
こいつはいつも癖で指を(それこそあむあむと)しゃぶる。
身長は145cm、俺より20cmは下じゃないのか?
ただ、彼女は俺とひけを取らないくらいの運動神経と、
類い希な銃のセンスで、暗殺業を軽々とこなしていっている。
…こいつがパートナーじゃ無ければ、二人は成績争いでもしていただろう。
唖夢は暇そうに(満腹そうに?)こっちをしばらく見ていたが、
「そう言えば、」と言って、
「あー、でもあなた様の朝ご飯はないよ。」
「…ああ、…えぇ!?」
「当たり前でしょ。今何時だと思っているの、あなたー。」
「…妻みたいな口聞くなよ。…あぁ、「まだ」11時か。」
「あのね、まだじゃないって!もうだよ、もう!」
俺は時間を知ったからか、少し起きあがり、伸びをしてスリッパを履いた。
このホテルには一階にバッティングセンターがある。
「イライラしたときはスポーツに限る!」
というRBの部長であり、隊長の、「橋本 浩一(はしもと こういち)」の
趣味全壊の命令でこのホテルに造られた。
『…橋本さん…いくら政府の機関でも、OKなんですか?』
『OK、OK!だって政府だから!』
…彼との会話はよく理解できないものが多かった。
なんだろうか、ロボットみたいと言うか、何というか…。
俺はさっさと服に着替えて、黒いニットキャップをかぶった。
そして、それから…
「…そのバット、まだ持っているの?」
「あぁ、気に入っているんだよ…。…いや、嘘をついた。
…ただ、離せないんだよ。」
唖夢はため息をついて、窓を少し見た後、
こちらを振り向いて、口を開いた。
「…ふう、こんな仕事しているのに、そんなんでどうするの?
そんなさ、…ごめん…こんな言い方しか出来ないけど…
…そんな「死んだ人」に、いつまでも拘るなんて…。」
「…。」
俺は少しバットを見下ろした。
いかにも手作りな感じがするバット。
…これを見ると、いつもあのときの記憶がよみがえる。
過去。二年と11ヶ月と3日前。
午後11時。
「…唖夢、あの二人組か?」
「えぇ、どうやら、あの男が主犯格。
後ろにいる女が、補助という感じ…。…。」
「…どうかしたか」
「…何でもない。…私はあの男を狙う、
補助は多分すぐに逃げるだろうから、ちゃ、っと殺してねっ。」
「…あぁ(良くそんなこと楽しそうに言えるモンだ…)」
俺は歪むバットを持つ女を見つめる。
すると、即座に俺に気づいて、たたたっと走り去ろうとした。
どうやら、こういう目を敏感に察知する能力があるらしい。
…そういう経験を、持つのだろうか、それとも…
しかし、どちらにせよ、俺の敵ではない。
俺は中型ワルサー41を片手に女を追跡する。
刹那、爆音が鳴った。銃声だ。
…後ろでは「完了」という唖夢の声。
何があったかは、言うまでもない…止めておこう。
富裕地区の夜中は、暗い。
そして、静かだ。
富裕とはいえども夜に余計なエネルギーを使うのは違法だ。
そう、故に、俺たちのテリトリーは富裕地区全体とも言える。
すぐ近くで足音がする。
だんだんと幅が狭くなっているようだ…ばてているのか。
もはや、死は覚悟させなければならない。
俺はライトをつけて、
どさっと音がしたところに走り近づく。
予想通り、女はばててへたり倒れ込んでいた。
「…殺すの?」
「あぁ、お前は違法中の違法を犯したからだ。」
「…そう、やっぱり、本当だったのね」
「何が言いたい」
「…いいえ、あなたが分からないならそれで良い。
あなたに迷惑をかけるわけには行けないから。」
俺はライトから離れフェードバックしかけた女の肩を掴む。
「逃げるな。お前はここで死ぬ。」
「…あなた、…このバット、このバットを見て。」
女はわらにすがる思いだったのか、
一つの歪んだ、へなへななバットを俺に差し出した。
ライドに映る顔、あどけない挙止動作。
差し出す謙虚さ、確かに、…。
…思い出せない。
「…おまえは…?」
「今、少し戸惑った。全部、忘れている訳じゃ無い…のかな?」
「…っ!」
俺は勢いで銃を取り出す。
そして、彼女の胸に引き金を、
引いた。