第一夜 2

——突然だった。

テントの近くからすさまじい爆音が響き、俺は目を開ける。
頭が寝ぼけてしまい、一瞬何が何だか分からなくなる。

「……落ち着け、俺」

とにかく、通常ありうることでは決してない。
防護服も兼ねるローブを頭まで深く被り、銀色のタクトを握りしめる。

上半身を起こしている少女と目があった。

「大丈夫だよ。すぐに戻ってくるから」

不安と混乱に揺れている大きな瞳にそう笑いかける。
彼女は、うん、と笑い返してくれた。

それだけを確かめ、俺はテントを素早く出る。
敵の中には、テントの中に仲間がいるだろうと踏んで、入口に照準を当ててることも多い。
案の定、俺が勢いよく飛び出した瞬間、テントの入り口のふたが、カンカン、と乾いた音を鳴らす。

巧先輩はすでに前方に出て、タクトを振っていた。
その先端は白い光で覆われている。戦闘モードだ。
規則的なリズムと、規則的な動き。
そうして空中に光の軌跡で描かれた魔法陣が発生した。

刹那、強烈な火の玉が、俺たちではない人々に命中していく。
当たった人物は燃えだした自分の服に包まれ、もがきながら雪の上をごろごろ転がり、それを消そうとしている。

「郡、白狩りだ、後方支援をしてくれ」

俺たちより圧倒的に人数が多い中、的確な指示を飛ばせる彼は、一体どれだけの戦火を潜り抜けてきたのだろう。
そんなことをうすぼんやりと考えながら、まずはテントに人を近付けないことを前提にして、魔法の構築を考えていく。

タクトを振いながら、唯一さらされている顔面を覆い隠す。
あまりに分厚いローブは、そのにび色の銃弾を貫通させることはない。
布に何かが当たる感覚を味わいながら、俺はさっき先輩が作った魔法陣よりも複雑奇怪な形を作り上げていく。

「巧先輩、目をしっかりとつぶっていてください。閃光行きます!」

彼の合図が届いた瞬間、俺の魔法陣は発動された。
先ほど遠目に見えた光の楽園を彷彿とさせるような、ライトアートだ。
相手にとっては致命傷なのだろうか?
いや、そんなことはどうでもいいだろう。

白い部屋に、赤い何かを想像させる断末魔が響き渡る。
光ばかりの世界になれてしまった彼らは、暗闇では光の感知を数倍にする装置を付けているとのことらしい。
だが、それで強烈な閃光を浴びたら、もはやどうしようもない。

眩い環境が元に戻っていくにつれて、自分自身もだんだんと前方の状況が確認できる。
草原側から来た大量の白狩りは、台風で田んぼに突き落とされたカカシのように、無様に大の字になって倒れていた。

風の音が響く。
それで、俺は戦闘が終了したことを確認した。

「あっけないな」
「そうですね」

前の方で攻勢になっていた彼は、戻り際つまらなさそうに呟いた。
やはり、先輩は少々戦闘狂の様なところがあるのだろうか。

「攻撃しようと思ったが、ほとんどのやつらが閃光による視覚のショックで既に気絶していた」
「今日は一段と暗いですからね」
「あぁ、雲が厚い。光の感知量を一体何倍にしていたのやら」

溜息をつきながら、両手でやれやれのポーズをつくる。
俺はタクトをローブにしまって、一旦テントの中に戻る。

「ただいま」
「おかえり」

俺がテントから顔をのぞかせると、少女はホッと安心したように笑う。
少女はまだ起きていた。
よほど、怖いことだったに違いない。
逆に、いきなり何か爆発が起こってそれでも眠っていられる子供がいたら、それはよっぽどずぶとい神経を持っているに違いない。

「移動しないといけなくなりました。足がいたんでいるところ申し訳ないですが、少し寝袋から出てもらえませんか?」
「あ、うん」

拙い仕草で寝袋のジッパーを開け、もぞもぞと出てくる。
何の特別なところもない。
何の力を持っているわけでもない。
だから、——少女2367は、どこからどう見ても普通の子供だ。
少なくとも、俺はそう想っている。
例えそれが透き通るような白い肌で、赤い瞳で、金色の髪であっても、だ。

数十年前、『光の種族』といわれる人種が、領土内の洞窟から原初の文字で書かれた石板を発見したらしい。
学者によって簡単に訳された文章だと、こうだ。

白き身体 無限の創造
赤き瞳 無限の焔
金色の髪 無限の希望

雪に眠りし無垢なる者 少女 『鬼』

永遠の光 その身 秘めたり

「……はぁ」

そんな数行の文章に、俺は、何の意味があるのかは知らない。
本当に世界が変わる力があるのかも、ただのでたらめなのかも知らない。

ただ一つわかることがあるとすれば。
そんな拙い石板のために、今、多くの人々が巻き込まれているということだ。

   *   *   *

『光の種族』にも、俺たち『ヨレンダの民』——界隈では『闇の種族』と呼ばれているらしいが、俺たちはあまりその呼び名を好いてはいない——にも属さない、『中立民』の村は、この世界に多くある。

その中で、——これまでは対してクローズアップされてこなかったが——石板に書かれたような特徴を持つ人が生まれることがあった。

光の種族はすぐにこれに目をつけた。
各地に調査員を派遣し、目が飛び出るほどの高額で、彼女たちを家族ごと引き取っていったのである。
中立民はもともと郊外で住んでいることが多く、貧乏な街も多い。
なので、大都市に住めるどころか、高額のお金までもらえるその条件は、まさに破格そのものだった。

ここまでは、別段、悪いことが起こっているわけでもなく、俺たち『ヨレンダの民』は光の種族の行動を、愚行だと嘲っているくらいのことで済んでいた。

——ある日のことだった。

ヨレンダの街に、一人の少女が飛び込んできた。
月明かりに照らされ白く反射するローブに身を包んでいることから、門番は光の種族の街から来た少女だと分かった。
彼らは、そのまま通すわけにもいかず、慌ててその左腕を掴もうとする。

——彼女には、左腕が、無かった。

そして、暗くて気がつかなかったが、彼女の白いローブは左側が血まみれの状態だった。
門番はすぐに街の病院に運び込み、病院では手術が開始された。
大量の輸血用血液と、長い時間をかけて、ようやく彼女は一命を取り留めた。

「人体実験されることが分かった。手錠をかけられた左腕を、偶然近くに転がっていた鉄の破片で切り落して、命からがら逃げ出してきた。家族は全員光の街に居るけれども、多分殺されているんだろうと想う」

薄い目を開けながらそう話す彼女は、肌が白く、瞳が赤い、金色のロングヘアーの少女だった。
遠い部屋からこの世のものとは思えない叫び声がしたという。

ヨレンダの民は、その事実を受け、中立民でそのような少女が生まれたとの知らせを受けたら、迅速に彼女らを自らの街に受け入れる方針を示した。
もちろん狂信者的な光の種族の行動から、人道的に人々を護るという考えもあるが、やはり、政治家の本音としては中立民の支持をヨレンダの民側にもっていきたいということなのだろう。

そうして、ヨレンダの民では少女を回収する部隊ができて。
光の種族は、『白狩り』と呼ばれ恐れられる回収部隊を設置した。

   *   *   *

俺はローブを着こんで準備ができた少女の手を引いて、テントから出る。
タクトを振うと、それは急に小さくしぼんで、鞄にしまえる程度の大きさにまでなった。

「すごいね」

純粋無垢な表情で、キャッキャと喜ぶ。
そんな様子を見るたび、俺は今自分のしている仕事を認めていけるような気がした。
俺は、鞄から、先ほどとは異なるテントのミニチュアを取り出し、もう一度タクトを振う。
それは風船のように膨らみ、音もなく、地面に置かれた。
大人数専用だ。

「巧先輩、一応、全員この中に詰め込んでおきましょう」
「あぁ」

意外と高い簡易テントを捨てて敵を助ける俺の行動に巧先輩は反対しない。
彼も心のどこかでは分かっているのだろう。

白狩りも、全員が全員人殺しを楽しむ輩ではなく、ただ、自分の家族を養うため、自分の信じ切ってきた古代宗教を信じるためにやっている、働き蜂の様な存在でしかないのだ。
そして、それは俺たちにも同じことが言えて——

テントを後に、俺たちは歩きだす。
少女はとても歩ける状況ではないので、歩く道のりではいつも俺が背中におぶっていた。

「あったかい……」

安心しきった口調でそう一言だけ言うと、やがて耳元にすぅすぅと寝息が聞こえてきた。
少女2367は孤児院から引き取って来た。
家族のぬくもりというものも、知らないに違いない。

月も見えず、ただ暗闇の道をただ歩いていく。
草原を抜け、改めて森の中に入ることには、偽りの光だけに覆われた大都市の光も、届かなくなっていた。

このページについて
掲載日
2010年7月15日
ページ番号
3 / 5
この作品について
タイトル
バシストと引きこもりJK
作者
それがし(某,緑茶オ,りょーちゃ)
初回掲載
2010年7月14日
最終掲載
2010年7月15日
連載期間
約2日