第一夜 1
〈第一夜〉
「クソ寒みぃ……」
今日も、雪が降る。
深い森の出口近く、草原と木々が重なる場所で、今日は留まる。
白い世界の向こうには、光にあふれる大きな都市が見える。
——ココが、一番の危険ポイントだ。
銀色の長くしなやかに伸びたタクトを右手に持ちながら、左手で自分のカラダを抱いた。
厚さ1cmもある黒いフードを羽織り、黒い毛糸で編み込まれた帽子をかぶっていても、寒いものは寒い。
衣服などよく考えれば隙間だらけなのだ。
風はどこからでも、思う存分入り込んできてしまう。
「寒そうだな。せっかく良い帽子をかぶっているというのに」
ポン、と後ろから肩を叩かれる。
振り返ってみると俺と同じように黒いフードを身につけた男が立っていた。
「ええ、いつまでたっても、これには慣れません」
「ハハは、お前は名前に似合わず、俺たちの中で一番寒がりだからなぁ。……郡(こおり)」
郡、と俺を呼んだ彼もまた銀色のタクトのその右手に握っていた。
「交代だ」
「もう、交代ですか? 巧(たくみ)先輩」
「なんだ。もうちょっと外に居たいのか」
「あぁいや、そう言うつもりではないんですが」
俺は簡易椅子から慌てて立ち上がり、テントの中にさっさと避難しようとする。
が、先輩はそんな俺の首根っこを掴んで、元の場所に連れていく。
「ちょっ……寝かせてくださいよ先輩」
「まぁまぁ良いから、少し付き合え」
無理やり簡易椅子に再び座らせられると、目の前の簡易テーブルに二つの暖かそうなコーンポタージュがある。
「さっきテントの中で温めておいた。まぁ、飲めや」
「あ、ありがとうございます」
紙コップに注がれ、湯気を浮かべた卵色のポタージュを口に運ぶ。
体中に伝わっているはずないのに、まるで全身が温まったかのような気分だ。
彼はテーブル越しにもう一つ備え付けてあった椅子に座ると、同じように紙コップを持って、そのスープをすする。
「少女2367の調子はどうでしょうか」
「良好だ。だが、『白狩り』による左脚の怪我が予想以上に酷い。明日、すぐに病院で検査をさせないとな」
「分かりました。俺がその仕事は請け負わせていただきます」
「頼む」
二人で話しつつも、巧先輩はしきりに周りを睨むような目つきで確認している。
俺も体温が回復したこともあり、少し緊張感を持って周りの動向を確認することができた。
けれど、そんな俺の様子を彼は苦笑いしながら止める。
「今はお前の責任じゃない。あまり気を張るな」
「あ、……分かりました」
「いざというときに不意打ちにあったら、本末転倒だ。お前はまだ、死ぬわけにはいかないんだよ」
「……」
「——の調子はどうだ?」
「え?」
「少女1245の調子は、どうだ?」
厳しい視線が、少しゆるくなって、こちらに向いてくる。
どこか冷やかしを含んだ表情だ。
「いつもと変わりませんよ。相変わらず、引きこもって、ぐうたらしてばっかりですよ」
「でも、最近聞いたぜ。彼女、夜中まで電気をつけっぱにして、帽子を編んでいたらしいじゃねぇか。それで毎日のように寮母さんに叱られていたんだって?」
「……」
「だから、これからは、あまり俺の前で寒い寒い言うなよ。心配しなくても、お前は〈あつい〉からな、色々な意味で」
含みのある笑いを浮かべると、彼は自分のコーンポタージュを一気に飲み干した。
「チッ、温いな。あっという間だ。お前も冷めてしまう前に、飲んでしまえよ」
「あ、はい」
喉を一気に温くなったポタージュが流れていく。
「さて、今から頑張るかな。お前はそれ片付けて、もう寝な」
「はい。……おやすみなさい」
「おう」
俺は先輩と自分の紙コップを重ねると、テントの方へと戻って行った。
白くカモフラージュされた遮光テントの中は、ランプがついていて、少し明るい。
俺と先輩の寝袋とともに、もう一つ、小さな寝袋に包まれて、少女が目を閉じていた。穏やかな寝顔だ。
——いつでも、俺たちの助けるその顔に変わりはない。
5年前も、今も、何一つとして変わってなどいないのだ。
「……ん」
パチリ、と、その瞳が空いた。
そうして、急に周りの様子を確かめようとする。
「あ——」
でも、その目が俺の姿をとらえた瞬間、彼女は安心したかのように微笑みを浮かべる。
純白の頬が、少し赤らむその様子は、なんて純真なんだろうか。
「どうかされましたか?」
俺はいつものように口汚い言葉は使わず——むしろ、使えずに、彼女に話しかける。この癖は巧先輩にもよく変だなんて言われるが、こればかりは変えることができない。
「ううん、なんでもない」
少女は首を横に振って、あおむけになったまま、テントの上、一番とがっているところを見ていた。
「今日も、テントでお泊まりなんだね。ねぇ、お兄ちゃん、その『ヨレンダの街』には、いつ着くのかなぁ」
「明日には、必ず着きますよ。だから、安心して、おやすみなさい」
「分かった、おやすみ。お兄ちゃん」
彼女は再び目を閉じた。
リズムの整った呼吸の音が聞こえてくる。
「……俺も、寝よう」
フードをかぶったまま、ごろりと自分の寝袋の上に横たわる。
そうして、少し仮眠をするつもりで、そっと目を閉じた。