其の二
――翌日、朝。
世間ではクリスマスイブイブよーなんて言いながら早速彼氏彼女といちゃいちゃしている日を迎えて、俺のテンションは上がりも下がりもしない。この場所は、自然に囲まれた、実にゆったりとした空間である。
「おはよう!それがし!」
10時ごろ目が覚めて台所に入った俺に、ダイニングテーブルで餅をすすっていたユズちゃんが元気よく声をかけてくる。相変わらずの呼び捨て。せめて、クン付けしてほしいものだけど、……。
「なぁ、リサちゃん」
「何?」
ユズちゃんの隣でポリポリ漬物を食べているリサちゃんが、テレビに目線を向けながら、やる気のない返事をしてくる。
「俺のことこれからそれがしくんって呼んでよ」
「……えぇ?」
驚いた表情でこっちを見やる。
「え、なに、俺そこまで変なこと言ったか?」
「いやぁ、何と言うか。うちの夫に昔そう言われたことをふと思い出した」
「やめんかい、返答に困るわ!」
「その言葉、そのままそれがしに返すわ。何を突然言い出すのかと思えば……あ、雑煮はその鍋にあるから」
「あぁ、ありがとう……いやさあ、――」
俺は自分の分の雑煮をお椀にとりつつ、ユズちゃんにずっと呼び捨てされているから、何とかならないものかという話をする。リサちゃんが俺をクン付けすれば、ユズちゃんもクン付けしてくれるんじゃないのか、なんて推測をしていたんだと。
「そりゃ、無理だ」
リサちゃんにバッサリ切られる。
「なんだよ。昔はそれがしクンだったじゃん。それとも何か、クン付けは旦那様の特権になっちゃったんですかー?」
「やかましいわ。まぁ、そうだけど!」
俺に軽口に突っ込みを入れつつも、律儀に認めるリサちゃん。うん、親子そろって実に萌え要素が多い。(いや、実のところ、予期せず従姉のプライベートなことを知ってしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいだった)
「ユズちゃんは……頑固なんよ」
雑煮を咥えるユズちゃんの頭を撫でながら、リサちゃんが苦笑いを浮かべる。
「そりゃ呼び捨てするのは、私がそれがし呼びするからだろうけどさ。でも、それ以上にユズちゃんは自分が気に入ったことはトコトン突き通す性格なんよ。だから、それがしをそれがしと呼ぶのは、ユズちゃん自身がその呼び方を気に入ったからなんだろうね」
「そうなのか?」
「そうなんよ。だから、家にはクマモンのグッズがあふれてるし、ふなっしーはキモイ言うてまったく興味もたんし……チャオは、ここにいる間はずっとやるって」
「ごちそうさま!」
お雑煮を食べ終わったユズちゃんが、勢いよく台所を出ようとして、リサちゃんがそれを止める。
「お椀片付けなさい!」
「うー、早く和室行かせてやー」
「和室言って何するの」
俺の言葉に、ユズちゃんは実に楽しげな表情でこちらにくるっと振り返る。
「チャオする!」
… … …
「うー、……むずかしい」
昨日のうちにストーリーモードを走破したので、今では適当なステージで小動物やドライブを集めながら、チャオと戯れることができる。が、アクションをてんでやったことがないユズちゃんにとって、シティエスケープも至難の業のようだった。
「たきのうらの穴に入ったら、レースとか空手とかできたんよ……」
画面にくぎ付けになりながら、隣に座った俺に話しかけてくる。新しい発見にはうきうきして知らせるユズちゃんだが、その口調は重い。
「ぼろ負けした?」「うん……」「だろうね」
ホントは昨日ユズちゃんが寝た後、一匹くらいレースや空手に参加できるレベルにしておこうかと思ったのだが、途中で無理やりスマブラをやらされた。卑怯なことに、ネスばっかり使う従姉のPKサンダーに何度吹き飛ばされたことか。
「すっかりチャオにはまっちゃったみたいで。どうしよう、このゲームキューブ持って帰ってもいいかな」
ダウナーになってるユズちゃんの後ろで、続いて和室に入ってきたリサちゃんが呑気にゲームキューブの本体をコツンと爪で叩く。
「いいんじゃないか。でも、この調子じゃあ、帰ったらチャオ三昧になるだろうけど」
「まぁね。でも、持って帰らなかったら、それはそれで――ギャン泣きされてさぁ。挙句、あっちで同じの買わされるだろうなぁって」
「実はソニアド2、プレミアもんだからそう安く買えないしな」
「マジで。……あーあ、今でさえ毎日ゲームは1時間って怒らんと聞かんのになぁ」
「がんばれよ、お母ちゃん」
「なんかそういわれると老けた感じでヤダなぁ。私まだ26なのに」
「――ママ!」
と、ゲームに熱中していたユズちゃんが、突然リサちゃんの袖を引っ張る。
「これやって!どうすればいいかわからない!」
コントローラーをグイッと彼女に押し付ける。画面では〈OH,No…〉とトラックにつぶされたソニックの哀れな姿が映し出されている。昔、俺もリサちゃんにカスミのスターミーが倒せなくて、泣きついた覚えがある。ナゾノクサをそこらで捕まえてきて、あっさり倒してしまったその姿は、子供ながらに素敵なお姉ちゃんと思ったものだ。
「もうこれ難しい!ママやって!」
「あらら、うーん……それがし〈クン〉、やって!」
「俺かよ」
紫色のバトンが、あれよあれよという間に俺に渡される。昔みたいに、自分がやってやる、というよりは、ほかの人に丸投げする癖が身についたのだろう。皆、大人になってしまうのだ。……というか、さりげなくクン付けされた。こういうタイミングで。
「それがし、出来るの?」
もとより頼まれたら断るつもりは無かったが、ユズちゃんのウルウル目は破壊力抜群だ。
「わかったよ。やるよ。でも、その代り……」「なに?」
「それがしクンって……呼んで?」
コンテニュー画面から再びステージに戻ってくる。
ユズちゃんが俺の腕を強く掴んだ。そして、ついに――
「がんばれ――、それがし!」
「……はいよ」
ユズちゃんは頑固だ。今、この時、俺もはっきりとそれを確信した。
… … …
「そう、それやると、flyって上がったやろ。これが上がるとな、飛べるようになるんやで」
「飛べるの!?」
「そうそう。だから、ユズちゃん、そろそろ自分でステージやってみない?」
「それがし、餌全部あげたから次やってー!」
チャオに夢中な彼女は、俺の話なんて聞くこともなく、コントローラーを返してくる。そして、俺はそんな彼女に従順なしもべである。従姉も何かしにかつての自分の部屋に戻っていったし、他に誰かに頼めるものでもない。祖母が昼ごはんか雑用で俺を呼ぶまでは、俺はきっとこのままの状態だ。そして、こういう時に限って雑用が無い……。
「おー。すごい、この赤い兄ちゃん、空飛んでるよー」
「こいつ、モグラなんやで」
「マジで? へー、モグラって空飛べたんだ」
ユズちゃんの疑問に一言一句返答しながら、俺は小動物集めに精を出す。
今集めているのは骨犬。どうもユズちゃん、ようやくチャオのカオスな容貌に気が付いたようで、それを取り外して欲しいのだという。俺も知識はほとんど抜け落ちたが、骨犬のことは覚えていたので、今はそれが一番いそうなパンプキンヒルを探索している。実際、いるかどうかという知識は、もう覚えていないのだけど。
「お、がんばってるねー。君たち」
「がんばっているのは、俺だ。どこ行ってたんだよリサちゃん」
「まぁまぁ、というわけでジュース。それから……ユズちゃん、かもーん」
ユズちゃんを手招きしたリサちゃんは、何かをプリントアウトした紙を彼女に見せている。そして、ぺらぺらとめくるたびに、すごーいとかかわいいと驚嘆する声が聞こえる。何となく想像がつく。そして、次にユズちゃんがしてくるのはきっと俺の予想通りなんだろうなぁと創造を巡らせて、やな気分になる。
「すごーい!これめっちゃかわいい!」
一際大きな声を上げたユズちゃんが、案の定、タタタとこちらに駆け寄ってくる。
「このチャオ作って、それがしならできるでしょー!」
「ん、……ハァ。リサちゃん。なんてものを見せてしまったんだい」
そこにはA4サイズででかでかとプリントアウトされた――ヒーロー進化形のカオスチャオが、無表情な面をして佇んでいる。
「行ける行ける、それがしならいけるよー」「いけるよー」
ユズちゃんがお母さんの言葉を真似っこしながら、俺の腕をゆする。昔々の俺ならこんなもの楽勝とか言って作っていたかもしれないが……、忘れた。全部忘れてしまった。そりゃ、チャオキーの存在すら記憶のかなたにあった俺だ。カオスチャオの作り方なんてもうすっからかんである。
「……なぁ、カオスチャオって、どう作るんだっけ?」
リサちゃんに耳打ちする。
「知らない、こんなチャオ」
根本からバッサリと切られる。
「カオスチャオって知ってるんなら、思い出せば分かるでしょー」
「思い出しても分からないから、聞いてるんだろうが」
昔チャオの知識でみんなに問題配って、中坊のガキにドヤ顔でもっと頑張れよとか不合格通知突き付けていた俺が、何とも情けない姿である。チャオ検定を受ければ多分過去の俺に憎ったらしい顔で不合格通知を突き付けられることだろう。
「なら、上のパソコンあいてるから調べてくればー?しゃー無いからそれまでは私が代わりにやっとくけど、早く帰ってきてよね」
「……ハァ。やれやれだ。じゃあ――」
「あ、そのジュース、私が飲むことにしたから。じゃあねー」
なんて奴だ!と思いながら、俺は昔ながらの段差が高い階段を上って彼女の部屋に入る。小学生から高校になるまで住んでいたらしいその部屋は、小学生女子らしく、いろんなポスターやシールが所狭しと張りつけてある。昔の女子向け雑誌の付録が服掛けにプラプラと浮いているのが物悲しい。
パソコンは今は昔のVista。でもまぁ、使えないことはない。横に刺さっているのは従姉が持ち込んできた無線LANのカートリッジだ。
(あー、でも、重たいな……)
デスクトップ画面が移るまでの待ち時間にやきもきしつつ、インターネットを開く。
久々にチャオのことを調べるものだから、どんなサイトがあったかも思い出せず、とりあえず、ググることにする。すると、ヤフー知恵袋が連なって検索結果に反映される。で、揃いもそろってみんな同じこと聞いてる。まぁ、あれだけやりこんでいた俺も忘れるのだから、なかなか手の込んだ方法なのだろう。
(ってか、2013年の質問が!)
チャオの人気はいまだ健在なのか。それとも、新しいチャオゲーが――いや、ソニアド2のって書いてあるから、それは無いのだろう。これだけ人気が長く続くキャラなら、またチャオのシステムも入れて発売すればいいのに、なんてよく言ってたことを思い出す。
(実際、チャオの原画担当か、チーム全体かが会社から独立して著作権がそっちに移ったものだから、出したくても出せないというオトナの事情があるのかもしれない――)
とりあえず、一番わかりやすく書いてた答えを印刷して、すぐに戻るのも面倒なので、しばらくネットサーフィンを続ける。そういえば、週刊チャオなんてやってたなぁと思い、それもやっぱりググる。出てきた、以前はお世話になった編集部だ。
(とはいえ、何を言っても本元がつぶれてしまったから、客足はすぐ遠のいてしまったよなぁ。俺も……。……今でも誰かいるのかな)
投稿コーナーをそっと覗く。最初はその単独投稿はスパムか何かと思ったが、違った。
(何とまぁ)
律儀なことで、チャオが生誕した本日、天皇誕生日を記念して、小説家何かの投稿が行われている。中を見る。文章がいっぱいだ。すぐにブラウザバックする。
(よくやるよ……)
そう思うのと同時に、一瞬俺も何か投稿してみようかなぁと考える。
(でも、ネタなんて考えもしなかったし……昨日BOOK-OFFに行くまで、チャオの存在自体忘れかけてたし……)
せっかくなので、過去のチャオ検定の問題でも解こうかしらと、チャオBBSのページを開こうとする。それで、すぐに、ああもうNOT FOUNDだったことを思い出す。
(いろいろやらかしたよなー)
ピアノなんて見たことないのに、覚えさせたとかほら吹いて。そのくせほかのガキンチョには画像データあげろよーとか責め立てたり(ちなみに、その時俺は画像データの上げ方など知らないPC素人だった)、……なぜだか、情けなくも恥ずかしい記憶なのに、しんみりとした気分になった。
バタンと閉じて、プリントアウトされた紙をぺらぺらさせながら、和室に戻る。途端、ものすごく興奮したユズちゃんが俺の腕を引っ張り、画面の前まで連れてくる。
「それがし!聞いて聞いて!今な、チャオがチャオの頭に包まれて、すごいことになったのよ!ほら!」
見ると、真っ白……になったチャオがニコニコ笑顔(おそらく、あやしてふ化させたおかげだ)で庭を闊歩し始める。ヒーローカオスチャオに惹かれる彼女なので、おそらく、真っ白なその姿も気に入ったのだろう。
「ほえー、そういや、こんなことなるんだったなぁ。一瞬何がなんだかよくわかなかった」
「前兆で、体が白っぽくなっていただろ?」
「あー、バグだと」「おいおい……」
コントローラーを受け取り、俺は再び素材集めの旅に出る。とりあえず、ソニックのステージが一番爽快なので、そこら辺を中心に攻める。そのうち全小動物を集めないといけないのだろうけど、2度転生させないといけないので、それまでは適当でいい。
「へー、チャオの質問がつい最近にねぇ」
さっきの話をリサちゃんに振ると、彼女もそこは予想外だったようで素直に感嘆の声を上げる。ユズちゃんは相変わらずチャオの画像集をぱらぱらとめくっている。
「俺も懐かしくなってさあ。思わず週刊チャオのサイトも除いちゃってさー」
「週刊チャオ?」
「なんか、みんなでチャオの小説書いてたんだよー。ほら、掲示板からチャオBBSって行けるだろー。あそこで、いろいろ書いてたんだよ」
「へー、それがし小説書くのかぁ。ふーん」
「あ……」
ここまで来たところで、俺はようやく自分がとんでもないことをばらしてしまったことに気づく。すっくと立ち上がるリサちゃん。
「ねぇ、ユズちん。一緒に二階いこ?」
「なんでー?」
「とっても、とーっても、面白いもを見せてあげるから」
「マジで!?行くー」
そうして、フフッと目配せをしたリサちゃんがユズちゃんを連れて二階へあがって行ってしまった。匿名だから、匿名だから大丈夫だ。と言い聞かせつつも、もし書き方如何でコイツが俺だとばれたらどうしようかと、思考がそっちに行ってしまう。
もしばれたら、煮ても焼いても食えるものではない雑多な恥ずかしいポエムが全部、彼女に晒されることになってしまうのだ。嫌だ、それだけは嫌だ。一生脅しのタネにされる。そうでなくても、きっとこれから従姉の顔をまともに見ることはできないだろう。なんとかばれませんように――俺はヒーローガーデンの像に祈りをささげた。
「ただいまー」「……ただいま、フフ」
そして、数十分くらいして、なぜか目を腫らした従姉と、それからはて?と首をかしげたままの姪が和室に戻ってくる。
「チャオBBS……、つぶれてて見れなかったわー」
それはよかった。ついにあそこは存在すら消えてしまったのだ。俺の記憶もデータの海に沈んで消えてしまったのだろう。そして、何でリサちゃんはこんなにテンションあがっているのだろう?
「週刊チャオのリンクで、ライブラリーがあったから、そっちを見てきた」
なるほど。わが従姉ながら、憎らしくも素晴らしいネット探索能力である。俺もそれくらいの能力があれば、WEB上で論文サーベイするのがずいぶん楽になるんだろう。ま、あそこを見つけりゃそりゃあもう中二病の宝庫だ。笑える話が一つはあるかもしれない。
「で、俺はいたかい」
そして、問いかける――俺の運命を。先ほどから妙に声が浮ついているリサちゃんに、とてつもない嫌な予感を感じながらも、俺は至って平静さを保ちつつ、その問いを彼女に投げかける。
「さぁ、分からなかったよ。みなさん匿名でしたし」「でしたしー」
「そ、そうか」
「たださぁ」「たださー」
呑気に口真似をするユズちゃんに萌える余裕もなく、俺は真顔で次の言葉を発そうとする従姉の顔を見つめる。
「……ぶっ」
瞬間、プッと従姉がもうこらえられないという感じで噴き出した。
「お、おい、俺の顔そんなに面白いもんじゃないだろ!」
「フフッフフフフッ……、フゴッ」
「あ、鼻豚……じゃない!何見たんだ、何見たのかくらい教えてくれよ!」
「悪魔攻略戦線」
「ブッ」
今度は俺が噴き出す番だった。ここでポーカーフェイスを保てれば、俺もバレることはなかったが、そのすさまじいピンポイント爆撃ぶりに、俺の腹筋は耐えられなかったのだ。
「お、おいおい、ちょっと待て、タンマ――」
「悪魔攻略戦線――リメイク」
「ぶふっ。や、やめて、止めてくれ……俺の腹筋壊れちゃう……」
「フフッ、私の腹なんてとっくにズタズタだって。もう、よーく分かった。それがしの過去。趣味。それから、好きな女の子のタイプ、大人しくて、小っちゃくて、ボブカットで、……なんかもう、ザ・女の子が大好きなんだよねー」
「やめてー!」
「でも、さすがに援助交際とか、だめだよー、それがし〈クン〉。そんな女の子好きになっちゃあ。でも、それがしが好きなタイプは、多分そんなやつも多いと思うけど」
「さ、さいですか」
「ああ、後、一番のツボは、ブッ。フフ……ねぇ、あいしてよ……フフフ」
「やめてー!」
「私はそれがし〈クン〉のこと愛してるよー」「うちもそれがしのことあいしてるよー」
「おう、せんきゅー……ぶふっ」「フフフフフ……!」
とりあえず、大人たちがそろいもそろって子供になった瞬間であった。
同時に、ええい、ままよということで、この近辺のエピソードを全部週刊チャオに丸投げにしてしまえと思ったのである。
ちなみに、俺だとばれた理由は、俺が高校のころ無類のB'z好きであることを知った姉が、その曲タイトルを妙に使用している〈それがし〉にあたりをつけ、それとなく振ってみたら、見事に俺が釣れたということだ。
何とまぁ、俺がばらしたものだ。でも、あれでポーカーフェイスは無理だよ。誰とは言わないが、クリスマスデートの最中、チャオに全く精通してない彼女が「パカッ!生まれ、……ました!?」とか言ったものなら、キミも多分正気の沙汰ではいられないだろうさ。
… … …
「何描いているんだい」
「チャオ!」
もはやチャオの虜になった彼女は、ヒーローカオスチャオに向けてせっせとチャオに貢物をする俺の傍らで、色鉛筆を取り出して、延々とチャオを描いている。そういえば昔、俺もチャオの絵書いてたよなーと思いつつ、口には出さない。もう学んだ。
「家帰ったら、これも作って、これも――」
「太鼓の達人はどうするんだよ」
「あやちゃんとかみくちゃんが来た時にやるー」
昨日ふくれっ面をしていたのはいったいなんだったのかというくらいの、見事な手のひら返しである。
「いろいろチャオで作りたいなら、アクション慣れろって」
「帰ったらするー」「ほんとかよ」「ほんとだよー」
「……ま、ここにいる間は俺がするけどさ」
「おおー、ユズちんには優しいねぇ。やっぱり〈ボブカット〉だからかな?」
「やかましいわ」
「アハハ、怒った怒ったー」
多分、ここにいる間はずっと言われて、帰った後も電話とかメール越しに数か月のネタにされるんだろうなぁなんて思いつつ、俺はコントローラーを置く。
「あとは、転生するのを待つだけだ」
「てんせい?」「チャオがまた赤ちゃんになるのさ」「へぇー」
進化と転生に関しては正直待つしかない。
と、リサちゃんが、隣の部屋から運んできた小型テレビをつけて、大型テレビに64を、小型のそれにチャオをつなぐ。
「と、言うわけで、暇じゃん。64やろーや。3人で」
「なんだ、今日はだべりモードか?誰かと買い物には行かないのか?」
「え、なに、それがし付き合ってくれるの?」
「……スマブラしよ。スマブラ。ユズちゃんもやろー」
「チャオは?」「待つだけだからさ」「そっかー、ならやる」
色鉛筆をいったんしまって、3人並んで座って、懐かしい、――ユズちゃんにとっては目新しいコントローラーを握って、久々のスマブラを始める。
「リサちゃん、相変わらず変わった持ち方するよなぁ、真ん中で片手とかやりにくいやん」
「あんたが変わってるんだよ。両側握って、左の親指きついっしょ、スティック動かすの」
「慣れた」「はぇー、手が大きいのがうらやましいわ」
ユズちゃんはというと……なんと、とんがってるほうを前に向けていた。さすがにそれは違うだろ言うということで、俺たち二人でユズちゃんに正しい持ち方を教えようとする……が、途中で押し切られ、結局リサちゃん流の持ち方に強制された。
「でも、どうしてあんな持ち方だと思ったんよ」
「うん?だって、チャオの頭がそうじゃん!」
ユズちゃんの回答に、大人二人は顔を見合わせ、クスリと笑う。なるほど、子供の想像力は偉大だ。俺たちも矮小な大人になってしまったものだ、なんて思いながら。
そうして、しばらく、適当に遊んでいたのだが、ソニックみたいにくるくる画面が動かないのが幸いしてか、ユズちゃんも、だんだんと操作が板についてきたようだ。これが終わって、もう一度チャオをする頃にはうまく操作もできているかもしれない。
「にしても……、オイ、キミ女の子だろ、ピカチュウとか使いなさい!」
「えーなに、男尊女卑?ピカチュウ、うちの妹はうまいけど、私には無理やわー」
ここまで言う機会もなかったので明かさなかったが、従姉弟は姉姉弟の3人である。ちなみに妹のほうは俺より年下なので、従妹である。彼女はバイト三昧ということで、こちらには帰ってこない。独りなので実家に帰ろうと努力することもないのだろう。
「ネスばっかり使いおって」
「ユズもそうやん」
「ユズちゃんは別にええのよ」「ぴーけーさんっ!」
どごぉんと、俺のカービィ(すまん、俺も初心者用しか使えない)に命中したそれは桃色の球体をバックスタンド後方まで軽々と運んでいく。きらーん。俺ストック全滅。仁義なき親子バトルの始まりである。ちなみに、俺は従姉ばっかり攻めたので、彼女のライフは残り1、ユズちゃんは4ある。
「ぴーけーさんっ」「ほいな!」
リサちゃんが雷電をかわし、背後から投げ技を食らわして、ハイラル城からユズちゃんネスを吹き飛ばす。容赦ない母ちゃんだ。ユズちゃんがむすぅーとして、すぐに攻撃にかかる。
「おーい、大人げないぞーリサちゃん」
「こういう機会に、ユズちゃんにも現実の冷たさを教えてあげないと……あれ?」
「ぴーけーさんっ!」
俺との会話に気を取られてるうちに、再びユズちゃんネスの雷電をもろに食らった。そして、これが大人げなかったリサちゃんへの仕打ちか、トルネードにそのまま吸い込まれ上にズドン。俺と同じくバックスタンド一直線で会えなくKOされた。
「あー、負けたー。それがしのせいだー」
「ママ、おとなげなーい」
「お、ユズちゃん、それは正しい日本語の使い方だな」
「なんだよ二人してー、このやろー。……悪魔攻略戦線」
「ブッ」
と、そんなタイミングで、ふと後ろを振りかえる。そして、同じように振り返ったユズちゃんが、これまた驚いたような顔で俺のほうを見る。
「さくらもち!」「ちゃうわい」「あうちっ」
思わず凸ピンで突っ込みを入れつつ、ああ、案外早く転生してくれるものだなぁと思う。時計を見る。もう夕方を軽く回っていた。
「遊びすぎたねぇ……」
「だな。夕飯買い物、……俺たち担当だよな」
「うん」「行こうか……」「そだね」
その日の夕飯は昨日が豪華だったということで、余った肉を焼きつつ、メインは水炊きになった。ちなみに、買い物中は5回くらい、その夕飯の場では10回くらい、リサちゃんに〈悪魔攻略戦線〉を耳元で吹き込まれ、そのたび噴飯しそうになったのを堪えた。
水炊きの具材はもはや記憶の隅にも残っていない。
――ただ、実に苦しい食事だったことは覚えている。
… … …