其の三(終)

 聖夜前日。世間ではいわゆる性夜。嬉し恥ずかしヤリスマス。とか、リサちゃんに突っかかって行ったら、割と本気で腹をド突かれたので、今は大人しく和室でユズちゃんとチャオブリーディングに勤しんでいる。
けれども、コントローラーはもはやユズちゃんの手に握られっぱなしだ。昨日のスマブラがあってか、妙にアクションが板についている。子供の学習能力、恐るべし。
「おらおらおらー」
 ナックルズが土をほる掛け声が妙にはまったらしい。が、今彼女が挑んでいるステージはシャドウのそれである。彼女もまた、ソニックやシャドウといった、びゅーんと行けるようなステージが大好きなようである。
「はーい、ミカン、鳥さんですよー」
 いつの間にかミカンとなずけられたチャオは今日もニコニコ元気に育っている。ちなみに、昨日一度転生した後、ユズちゃんが寝てから俺はずっとチャオを育て続けていた。暇つぶしのためにレースや空手に参加させ、レベルも無限キャプチャで爆あげさせて、転生ももう一度させて……今日に至る。
「よーし、これでこんどる、おっけー」
 ユズちゃんは、俺お手製の小動物チャックリストにチャックを入れていく。ぶっちゃけ転生前の小動物付与データも反映されるので、もうカオスチャオになる準備は整っているのだが、そこはユズちゃんの努力が実ったと言いたいので秘密だ。
「あとはー、どらごん!」
「おーう、レア小動物だな。がんばって探せよー」
「それがしやって」「ええー」
 努力が実ったと言わせるために、いろいろ手配してあげた俺の苦労はいったい……。しかし実家では、ユズちゃん>祖母>俺の両親、叔父叔母>リサちゃん>小屋に住みつく野良猫>夜中にたまに裏庭を荒らすイノシシ>俺、というヒエラルキーで支配されているので、俺は従わざるを得ない。
「このステージにいたよなぁ確か……」
 正直、ナックルズの操作も嫌いだし、水が増えたり減ったりするこのステージ自体は最も嫌いなものだ。何せ、水の神殿を思い出しては、64のコントローラーを壁に投げつけたトラウマがよみがえる。ボス鍵を探すのにどれだけ苦労したことか。
「あー、確か、奥の奥のほうにいたんだよなぁ……」
 俺も昔はドラゴン探しにひと苦労していた身なので、初めて見つけたこのステージでのドラゴンゲットの瞬間は頭の中にこびりついているのだ。とはいえ、あくまで瞬間、なわけだからそこに行くまでのルートはやっぱり手探り状態で始まる。
「あー、クリスマスイブなのにー、暇だー」
 ジュース片手にリサちゃんが和室にやってくる。どうも、店長の意向でクリスマス前後はクリスマス休暇なるものが与えられるらしい……経営的には、かき入れ時の聖夜によくやるよとは思うが。その代わりに、年末年始はアパレル業界のセオリー通り、超大忙しだと聞く。
とかく、預け先がないので、ユズちゃんは年末シーズンは当分ここにいて、彼女は年末年始までに東京に戻り、次は年明けに大阪から仕事帰りの旦那さんがユズちゃんをピックアップして東京に帰るというスケジュールらしい。
「旦那さんと一緒にいれば、とも言えないか」
「だね、旦那は大阪で、しかも今は仕事漬けだろうね。それに、……友達と遊びに行く約束のほうが大事だし」
「あーらまぁ」
 恋愛結婚だろうがなんだろうが、7年目の嫁の思考とは、こんなものなのかもしれない。おまけに、あの旦那さん、寡黙で良い人そうだから、余計にうちの従姉が増長しているところもあるのかも。でも、よくよく考えれば叔父もそんな人だ。
「血ってやつかー」「何?」「ん?あ、いや、本当に独り言。何でもない」
結婚相手なんざ結局ルーレットを回すようなものだ。どんな人間が嫁になるか分かったもんじゃない。結婚するのが憂鬱になる。……ま、俺の場合は、まず相手を探さないといけないのだから、そんなことを偉そうに言う資格なんてないけれど。
「それがし。後から○○○(近くの大型ショッピングモール)に二人で行かない?」
「あら、俺ご指名ですか。何、ユズちゃん誘わないの?もしかしてデートのお誘い?」
「デートならそれでもいいけど。おごってよ、3万くらい」
 旦那さん……本当に仕事が忙しすぎて、あなたは仕事場に向かっているんでしょうか。
「謹んでお断り申し上げます。学生に高望みするなよ。あ、それで、ユズちゃんは買い物苦手なのか?」
「そう。ユズは人ごみ苦手だから、いつも旦那と車の中でDVD見てんのよ」
「なるほどね。ついでに、俺も買い物は苦手だ。特に荷物持ちはご勘弁を」
「荷物持つほどたくさん買わないし。ただ、服とかたくさん見てもらうけれど」
「うわ、もっと行きたくねー」
 女子相手の、しかも服飾関係の仕事についているリサちゃんだ。きっと自分からこの服はどう思うとか質問しておきながらの、〈センスない〉とか、〈それだから彼女がてんでできない〉とか、ブレイクハートな言葉を次々とぶつけられるのだろう。肉体的よりも精神的なほうがきついんだろうなっていうのは、引っ越しバイトとコンビニバイトの両方したことのある俺にはよく分かる。
「かわいい雑貨屋さんにも連れてってあげるよー」
「やだー、ご勘弁をー」
「むー!ママだめ!今日はそれがし、うちがミカンを育てるの手伝うんだから!」
 隣でずっと動かぬナックルズを見ていたユズちゃんが、むっとした表情で俺の袖をつかむ。それを見たリサちゃんが、アハハと笑いながら、ジュースを一口飲んだ。
「人生一度くらい、何もしないクリスマスイブもいいってやつかね」
「俺は毎年そうだけど」
「あーら、それはそれはかわいそうに」「あ、ドラゴン」「話続けないんかい!」
 と、ゲームとは関係のないところで道草しつつ、ドラゴンを手に入れて、そのままチャオガーデンに直行。ぴょんと飛び出てきたところで、俺の手からコントローラーが強奪される。ユズちゃんが両手でがっしりホールド。美味しいところは私がやるということか、なんとも、お嬢様風を吹かす姪っ子である。
「将来が心配だ」
「そう?むしろたくましく生きてくれると思うけど」
「かもな。……なぁ、ユズちゃん、将来は何になりたいんだい?」
 話の流れついでに、そんな些細な質問を彼女に投げかけてみる。手の空く簡単なチャオガーデンでの作業なので、ユズちゃんもプレイ片手にうーんと考え込む。お花屋さん、服屋さん、お嫁さん……と、いろいろ呟きつつ、しばらくして、ふと思いついたという感じで俺の方を向くと、彼女は堂々とした口調でこう言った。
「チャオの飼育員さん!」
 予想外。けれど――
「微笑ましい、それでいて、ユズちゃんらしいな」
「えー、せめて時給700円はもらえる仕事しようや」
「お母さんのほうは、てんで夢がありませんがな」
 ま、本気で言ってようが、冗談だろうが、そうやって言ってくれるぐらいチャオの魅力にどっぷりはまってくれたということだ。かつてこのチャオにはまり、数年間チャオを研究し続けた俺からすると、たまらなく感慨深い気持ちになる。
 と、その時、白めに育っていたチャオが、ふわっと青い繭に包まれる。あっ、と声を上げたユズちゃんがじっと画面を見つめる。
数秒後、いつもとは違うSEが流れて、中から現れてきたのは――。
「やったー!ミカンちゃんがちょーかわいくなったー!」
 ユズちゃんが歓喜の声を上げる。
まぎれもない、ヒーローカオスチャオである。
「やったー、ママ、ハイタッチ」「ほい」パシーン。
「それがし、よくやった!」「扱いひどいな」パシーン。
 というわけで、これにてユズちゃんの目標は一つ達成されたわけである。きっと彼女はこの後もチャオを育て続けるのだろう。
それで、もうちょっとモノが考えられるくらい大きくなって、チャオの育て方がわかるようになってから、カオスチャオの育て方を知ることがあれば、彼女も今回自分が見ていた限りのことでチャオはカオスチャオにならないと気づくだろう。
その時、俺が陰で努力していたんだということに気づいてくれるだろうか……。もし気づいてくれたのなら、その時は無限キャプチャのやり方でも教えてやろう。でも、母が母だから、そんなくらいの情報はネットですぐに手に入れてるかもしれない。
ひょっとしたら、来年くらいには、俺がかつて廻ったサイト群を彼女も回っているのかも――。
「プレゼント!ミカンちゃんから、うちへのクリスマスプレゼントだー!」
「アハハ、そうかもな」
 俺にとっては――目の前で、かつて俺が楽しんできたゲームに再び目を輝かせてくれる子が目の前にいることがプレゼントだよ。なんて、口に出したら、リサちゃんにまーたポエムかと馬鹿にされるので心の声にとどめておくが。

 ――でも、ありがとう。きっと君は、次世代のチャオブリーダーだ。

「ねえねえ」
 と、そんな風に感慨に浸っていた俺に、いつの間にか耳元に口を近づけていたリサちゃんが、ニヤニヤしつつ一言漏らす。


「月と太陽の物語」
「……リサちゃん、それ違う人のや」「えっ」


~完~

このページについて
掲載日
2013年12月29日
ページ番号
3 / 3
この作品について
タイトル
爆誕!次世代チャオブリーダー! ~それがしの実家編
作者
それがし(某,緑茶オ,りょーちゃ)
初回掲載
2013年12月29日