第三話
口論になった。引き金を引いたのは僕で、激怒したのはやはりマサヨシだった。彼にとっての(あるいは多くの人にとっての)正義と僕の行いは一致しない。
「君くらいの力があれば悩みなんて無いんだろうな」
そんな嫌みを言われたから「そんなことはない」と反発した。
「じゃあどういう悩みがあるんだ?」
「残酷な決断をできる勇気が欲しいっていつも思ってる」
正直に答えた僕も僕だった。
「人殺しめ」
僕に聞こえるように、それでも小声で彼は言った。悪意がさっきの二倍以上語気に込められていた。人殺し。そう言われることもあるだろう。あの魔法を使う時、覚悟はした。それでも心はダメージを受けるもので。彼の言葉にどう返せばいいかわからなくなっていた。無言を貫き、非難を受け入れるか。
「そんな言い方しないで」
その時、アイが加わってきて、僕を庇った。
「ユウキは人殺しなんかじゃない」
「君は何も知らないからそう言えるんだ。こいつは」
「ユウキはちゃんとやってる」
睨み合い、そして二人で勝手にヒートアップしていって、止めても効果は無く、最終的に二人共どこかへ行ってしまった。タスクと二人取り残されて、今。
「どうしよう」
「探すしかないだろ」
「そうね」
げんなりとする。
「できればアイを優先して探したいんだけど」
「ああ。そうしよう」
すんなりとタスクは同意してくれた。そして彼はそこらにいる子どもに話しかけて、マサヨシを探すように頼んだ。
「ひょろひょろってしてて、腕とかすぐ折れそうなやつだ。名前はマサヨシっていうんだけど、よろしく頼むな。見つけたら広場に来いって伝えてくれな」
そう言いながらタスクは子どもたちに飴を渡していた。盾を背負っている彼は屈むと亀みたいに見える。タスクには亀のイメージがぴったりのように見えるのだが、それが的確ではないような気もしていた。亀みたいなのは彼の一部でしかないのだろう。
「さあ、行こう」
アイはすぐに見つかった。もう頭が冷めたのか、こちらに向かって歩いてきていた。元から俯いていたのが、僕たちと合流してさらに下を向く。
「ごめん」
「いや、大丈夫だよ」
「ごめん」
どんどん沈んでいく声。それにどうすれば日を当てることができるのか。結論が出る前に、遠くから悲鳴が聞こえて、全てがうやむやになった。
「チャオか?」
僕たちは走って声のした方へ向かう。僕たちとは反対に走る人たちの会話から、チャオが襲ってきたのだと理解する。それに加え、僕たちに逃げるように指示する声もあった。
「大丈夫です。僕たちがチャオをなんとかします」
そう答えて、走る。しかし僕は、このまま止まるべきなのでは、と考えていた。相手がチャオだと判明した今、あの魔法を使うのが一番速い。
チャオは殺すだけでなく、奪う。それも人のする略奪とは度合いが違う。チャオは知識までも奪うことができてしまうのだ。魔法の使い方だって奪える。奪われた方はなぜかそれに関する知識が抜け落ちてしまう。数を数えられなくなることだってある。もっともその状態になったとしてもすぐに殺されてしまうのだが。とにかく襲ってきたチャオは一匹も残らず殺した方がいい。そうでないと、次には今回よりも凶悪になったチャオを相手にしなくてはならなくなるかもしれない。だからこそあの魔法で一網打尽に。
でも。
マサヨシの非難が僕を走らせ続ける。現場に到達すればあの強力な魔法を使うわけにはいかなくなるのに。
「くっ」
悩みが声に漏れた。
「大丈夫だ」とタスクが言った。「あっちにはあいつがいる。お前程じゃないが魔法が使える。だからどうにかしてるだろ」
「そうだと、信じたいね」
助けられた。そう思った。
現場に着くと、半透明の物体がマサヨシと子どもたちを覆っていた。チャオは二匹いた。チャオたちは半透明の壁に触れられないようだ。戸惑っているのが表情から十分に伝わってくる。
「おい、助けてくれ」
僕たちを見つけたマサヨシがそう叫ぶ。
「なんで守ってるだけなんだ。あれじゃあジリ貧だ」
「あいつ不器用だから、二つのことを同時にやるとかできないんだ」
言葉を失いかけるが、踏みとどまる。
「じゃあタスク、なんとかしてくれ」
「無理だ。正直俺、剣を振るのは得意じゃない。盾で守るのが得意なんだ」
「あほか」
思わず叫ぶ。
「いいからお前の魔法でなんとかしてくれよ」
同様にマサヨシが俺に叫んだ。
「無理なんだ。こういう時に使えるような魔法はほとんど奪われちゃって」
「はあ?」
タスクとマサヨシの声が重なる。結構長い間一緒に旅をしていたのだろうな、と思った。
「改めて覚えることもできたにはできたんだけど、面倒だったからあんまやんなかったんだ。攻撃系は特に。ほら、あれが使えればいいだろうって思って」
言ってて凄く恥ずかしい。こういう思いをするはめになるなら、もっとちゃんと訓練しておけばよかった。魔法のことをあまり考えたくなかった当時の自分を叱りたい。
「どうするんだ」
唯一まともに戦えそうなタスクは困った顔をしていて、行動しようとしない。チャオたちが俺たちの方へ来ないのはどうしてなのだろう、と思った矢先、一匹がこちらを見た。
使えそうな魔法は。
赤い物体が僕の横を射た。それがチャオの顔面にぶつかる。リンゴだった。投げたのは、アイ。ひるむチャオと驚きで固まるチャオ。子どもが魔法の壁から飛び出して、固まっている方の顔面を蹴った。
「お、あいつなかなかやるな」
タスクはころころ笑っていた。そんな場合じゃあるまいに。
「よくやった。逃げろ」
マサヨシは子どもが散ったのを確認してから壁を消して、光り輝く玉を両手から乱射した。無数の玉が二匹のチャオに穴を開ける。チャオたちは律儀に白い繭に包まれて、自らが死亡したことを強調した。一件落着。
「ありがとう。助かった」
頭を下げる。彼のおかげで僕は常軌を逸することなくいられた。
「まあ、俺がいないと、駄目ってことだな。うん」
自慢げに。
「うん、そうみたいだ」
素直に認めると、マサヨシはまた複雑そうな顔をした。そして彼はアイの方を向く。
「さっきはすまなかった」
「こちらこそ、ごめんなさい」
雰囲気は調和している集団のそれになっていた。
「めでたしだな」
一人頭を下げていないタスクがと言った。それが一時のものなのか、それとも強い信頼が芽生えたから生じたものなのか、僕にはわからなかった。だが、今はこれでいい、と思えた。