第二話
村の人たちに見送られる。知っている人たちが「頑張れ」と言う。言葉は同じでも、希望に満ちている顔や泣いている顔など、表情にはいくらかのパターンがあった。そして僕の目に一番焼き付いたのは村長の顔だった。期待も感動も共感も無く、ただ疲労が強く出ていた。
かわいそうに。
きっともっと成長してから送り出したかったのだろう。二十歳にもなっていない子どもを戦場に送り出せば良心が痛む。きっと今まで僕がここにいられたのは「子どもだから」という理由が通ったからなのだろう。でもそれでは止められなくなったのだ。僕が青年になって少年としての風貌を失い、世の中は凶暴チャオたちのせいで非常に苦しい状況になっていて。理由が二つあれば、止めにくくもなるだろう。その村長が牛をくれた。牛が荷物をひいてくれる。これでいくらか楽になるだろう。
「あの人を恨んではいけないよ」
アイに言う。彼女は頷いた。
「それじゃあ行こうか」
恨んではいけない。最悪の展開を考える時、不幸になるのは彼らなのだから。僕たちは彼らから遠ざかる。見捨てる。
村の教会が見えなくなる。教会はその聖なる力で人々を守ってくれるのだという。けれど守りきることはできなかった。チャオを倒せるのは、人間だ。
道なりに進んでいく。教会の鐘の音が聞こえない場所を進んでいく。周りは草むら。いつかここにも教会が建つ日が来るのだろうか。その日のために僕たちは戦う。そう言えば心地よい響きだけど。
「見えてきた」
「うん。見えてきたね」
そしてすぐに不穏な空気を感じた。黒煙。そして空を飛ぶ丸みを帯びた生物。
「襲われてる」
アイが叫んだ。町がチャオに襲われている。
「早く行かなきゃ」
「うん、早く行かないと」
向かう途中で僕は停止し、アイを呼び止める。
「アイ」
「何?」
「この先にあるのは、アイにとって優しくない光景かもしれない。だから」
全てを言う前にアイは頷いた。
「うん、いいよ」
「ごめん」
謝罪して、僕は集中する。そして不可視の睡眠薬をアイに撃ち込んだ。彼女はこてり、と倒れる。魔法。道具を用いずに何かを実現させる夢の力。人間はおそらくこれを活用して発展していくのだろう。この道も魔法によってやがては人の住む町と化す。そういう力。牛には効くのだろうか。試してみる。成功。対象が広いらしい。昔の魔法使いは便利なものを開発したみたいだ。チャオに効くのだろうか。試す余裕は無い。子どもの頃にやっておけばよかった。効かなかったとしても、この年になるまでには改良できたかもしれないわけで。
「ま、とりあえず」
独り言と共に町に意識を向ける。どうにかしないといけない。人々が求めているのは、一人の命も損なうことがないように必死で駆け回りながらチャオと戦う勇者の姿なのだろう。
でもそれをしたら。
アイは人工的な眠りであるのに安らかな顔をしていた。まるで僕を信頼しているかのように。それが胸に刺さる。彼女もまた僕に勇者を求めているはずだ。
でもそんなことをしたら、アイを守れない。
人並み外れた力があっても、全能ではない。高い能力が備わっている人間の体が一つあるだけだ。町の人たちを助けている最中にアイがチャオに襲われたら、僕はアイを失ってしまうだろう。見知らぬ人々を守るか、アイを守るか。アイを守りたい、と思う。しかしそのために多くの人を犠牲にする覚悟が、まだできていない。僕が旅に出たくなかった理由。僕の迷い。
やるしかない。
覚悟して、集中する。先程の睡眠薬とは桁外れに。町の上空に作り上げる。イメージは肥大化した魔法の塊。地面に触れれば破裂して効果を発動する炎を炸裂させる鉄球。時間をかけ、頭に負担をかけ、作っていく。より大きく、より熱く。そして。
ごめんなさい。
謝罪。投下。閃光。熱風が広がり、雲が盛り上がるように爆心地から空へ上っていく。町は一瞬で焦土になった。広範囲を焼き尽くす僕専用の魔法。真似することも奪うこともできない。チャオの王を倒すに足るだけの力で思い切りぶん殴るような魔法だからだ。その結果、町は壊滅する。使ったのは初めてだけど、酷い光景だ。チャオは一匹も生きていないだろう。人もまた。代わりにアイを守ることはできたが、これが人として正しいことだとは到底思えない。
足音。生存者がいた。男二人組で、片方は剣と盾を持っていて、もう片方は空手だった。何も持っていない方が魔法使いだと考えると納得できた。
「今のは、あんたがやったのか」
魔法使いらしき男が僕に言った。違います、と言いたいけれど、嘘が通用する状況ではなさそうだ。
「はい」
「どうしてこんなことをした」
ひょろりとしている魔法使い風の男が怒鳴る。掴みかかりそうになったのを剣と盾を持った戦士風の男が「おい」と制止した。
「本来なら皆殺されてたんだ。ならチャオたちに何も得をさせないことが最善の手だった」
それは理由になっていない、と自分でも思う。だけどそんな言い訳しか用意できない。だから悩んでいたというのに。
「だからってこんなことしていいはずないだろ。それに、助からないかどうかはやってみないとわからなかったはずだ」
叫ぶ声が痛い。彼の言っていることは正しい。彼の肩に手を置いている男が「落ち着けよ」となだめる。
「彼だって殺したくて殺したわけじゃないだろう」
そしてその男は視線を少し動かして、そしてまた僕を見て言った。
「そこにいるのは、彼女か?」
「いえ、違いますけど、でも大事な人です」
「彼女は戦えないんだろう?」
頷く。
「そうか」
彼は何もかも納得した、といった面持ちになり、そして「俺も連れていってくれないか。君の力になりたい」と言ってきた。驚く。僕も彼の仲間も。
「おい、何言ってるんだよ」
当然の台詞だ。仲間になりたいなんて、町を破壊した人間相手に言うことじゃない。
「いいじゃないか。それに今回みたいなことが嫌なら、監視した方がお前にとってもいいだろう」
「確かに、そうだけど」
「ならお前も頼め」
魔法使い風の男は眉を寄せ、しばらく考え込み、そして「お願いします」と不服そうな声を出しながら頭を出した。
「いいだろうか?」
「まあ、いいですけど」
どう断ればいいのかわからなくて、一緒に行くことになってしまった。
「俺はタスク。見ての通り、前の方に出て守るのが俺の役目だ。で、こいつはマサヨシ。ちょっとくらいなら魔法が使える。よろしく頼む」
こちらも自己紹介をする。変なことになったな、と思った。
それから焦土になった町で生存者を探して、彼ら二人の他には誰もいないことを確認してから、チャオの王の住処へ向かう旅を再開した。アイが目覚めたのは町から遠ざかってからだった。
「あれ、どうなったの?」
辺りを見回し、彼女は言う。どう答えたものか。「皆無事だよ」と嘘をつく手もあったが、それをしたらもっと人から遠ざかってしまうだろう。
「ごめん、守りきれなかったよ」
「そっか。辛かったね」
そう言って彼女は僕の傍に寄ってきて、頭を撫でた。まるでそうすることが今の僕の心にとても効くのだとわかっているみたいだった。泣きそうになる。マサヨシの複雑そうな顔とタスクの悟った顔。僕は必死に我慢した。