第一話

 チャオたちの王を倒してほしい。
 その台詞はいつか来るだろう、と思っていた。
「君しか倒せる人間はいないのだ」
「そう、ですか」
 予想していたというのに、僕の返答には緊張と驚きが含まれていた。そして今、僕は旅をする支度をしながら、村長にチャオの王を打ち倒すことを命じられた時の自分の感情に再度驚きを覚えている。もっと平然と「わかりました。倒してきます」と言えるものだと思っていた。冷静に反応できなかったのは「いつか」を遠い未来の出来事として認識していたから、なんだろう。僕の知らないうちに「いつか」は今日になっていた。
「チャオの王を倒しに行くんだって?」
 幼馴染のアイが訪ねてきて、そう言った。僕は「うん」と答える。
「そいつを倒せるのは僕だけだって」
 食料とかお金とか。旅をするとなるとどうしても荷物が多くなってしまう。野宿することがあるかもしれない、と考えると、必要な物が一気に増えた。
 これも必要になる時が来るかもしれない。
 そんなことを考えてしまうと、どんどん物が増えていって、いよいよ旅なんてできるのか不安になってくる。大量の荷物を背負って長時間歩く、なんてこと、できない。いつかこうなるだろうとわかっていたのに、肉体的な準備をおろそかにしてきたせいだ。思えば心の準備ばかりしてきた。今でもまだ足りないと感じている。旅に出ることは僕にとって好ましいことではない。
「酷い話だね」
 ずっと黙っていたアイがようやく言葉を見つけ出したのか、そう言った。
「この世に人間っていっぱいいるはずで、もしかしたらチャオの王を倒せる人だって何人かいるかもしれないのに、それなのにユウキしかいない、だなんて」
 まくし立てる。我がままめいた理屈。彼女が怒りを持て余しているのがよく伝わって、自分を守ってくれようとしてくれることに、ありがたい、と思った。
「仕方ないよ」
 彼女の怒りを制する。
「今じゃあ末端のチャオにも人間は勝てないんだ。そんな化け物の王を相手にできる人間は、とても限られる。だから僕以外にそういう人がいても、同じだよ。そんな素晴らしい力を奇跡的に持つことができた人間は、絶対に王を倒しに行かなきゃいけない。例外なんて無い」
 ナイフを腰に差す。刃物を武器として扱うことについて、知識はほとんど無い。僕の得意は魔法だ。だからこれはほとんど飾りのようなものになるだろう。でももしかしたらこのナイフが必要になる時が来るかもしれない。この手で肉の感触を感じながら骸になっていく瞬間を見届けなければ人らしさを手放すことになってしまう、そんな時が。
「だからこれは仕方ないことなんだよ。だから、怒らないで」
 まるで子どもをなだめているみたいだ。
 自分の言葉にそう感じながら、僕がこうして旅支度をしているように諦念が彼女を落ち着かせるのを期待したのだが。
「私も行く」
 萎んだ声ではなく、決意に満ちた声が返ってきた。
「ユウキ一人で行かせるなんてできないよ。私だって何か役に立てるかもしれない」
 突っぱねるべきなのかもしれない。でも彼女が自分から同行すると言ってきたのはこれ以上なく嬉しいことで。
「本当?ありがとう」
 そう言って、笑顔を見せてしまう。僕はもう人の道を踏み外しているのかもしれなかった。

このページについて
掲載日
2012年4月26日
ページ番号
1 / 5
この作品について
タイトル
勇気をください
作者
スマッシュ
初回掲載
2012年4月26日
最終掲載
2012年4月30日
連載期間
約5日