―第一章"三つ巴の意志"・その13―
解放者結成から4日。
今現在何の動きもなく、澄は平和に夏休みを過ごしていた。
これで課題さえなければ最高の夏休みだ。
両親は昼間は共に仕事に行っており、家にはクルトと二人きり。
ニュースはいつもの様に澄にとってどうでもいい情報を流し続け、
解放者からは何の連絡も無い。
澄は鉛筆を走らせている手を一旦止め、ポケットから折りたたみ式携帯電話を取り出してそれを持ち、
イスの背もたれに寄りかかってじっと見つめた。
実はあの日、帰り際に荒川から渡されたものなのだ。
もともと澄は親の帰りが遅いことなどから携帯を持たされていたのだが、「連絡用にこっちを渡しておくね」と半ば無理矢理持たされていた。
しかし全く何の連絡も無く、最近では机の上の小物の一つとなっていた。
クルトはといえば、いつも不安そうに窓を眺めていた。
またジフォーニスの様なのが突っ込んでくるのを恐れているのだ。
そういえばジフォーニスは何のために来たのだろうか。
キャプチャーの様な行為をした後、すぐ帰ってしまった。
・・・考えるだけ無駄か。
そういえば、クルトはこの擬似戦争の様な事態のことをどう思っているのだろうか。
気になった澄はまだ窓を眺めているクルトに問いかけてみた。
「クルト、君はどんなこと考えてるの?」
クルトは振り向かず、窓の方を向いたまま答えた。
「僕は…出来れば信じたくないよ。チャオに恨みを寄せる人がいること、そのことで戦いが起きること、
チャオを不幸にする異常なキャプチャー能力を、無理矢理使える様に人がチャオを作っていたこと。
あと…僕もその中の一匹だっていうこと」
「やっぱり…こんなことは無い方がいいよね。
世の中じゃチャオは可愛い仲間と信じられているその裏じゃ、兵器として使う奴らがいる。
…何でこんなことになっちゃたのかなぁ」
「僕なんて…いや、全てのチャオなんて生まれなかった方がよかったと思うよ。
人間はチャオていう友達を失って悲しむかも知れないけれど、
僕たちチャオは人間ていう友達を不幸にすることを悲しく思わないわけが無いよ。
この前本で「神様」って人のこと知ったんだけどね、多分神様が決めた生き物の種類を変えてしまったら
世界のバランスはおかしくなっちゃうと思うんだ。
だからこうして、地球の生き物として少しおかしい能力を持っちゃったんだと思う」
いつの間にか賢くなったクルトとその発言に、澄は驚くと同時に考えさせられた。
本当にチャオは存在してはならないのだろうか?
元々チャオはこの世界にいた生き物だし、もっと存在するべきでないのは人間じゃないのだろうか?
そもそも、人間は何故遥か遠い昔の生き物を復元しようなんて考えたのだろうか?
澄が返す言葉を探していると突然電話の呼び出し音が部屋に響き、驚いて澄はイスごと後ろに倒れてしまった。
音は机の上の携帯電話から鳴っていた。
慌ててポケットから携帯を取り出し、電話に出た。四宮だ。
「もしもし、澄君かい?大変なんだ、今迎えに行ってるからその場でじっとしていてくれ!」
電話の向こうの四宮も相当慌てており、何を言っているのか澄には理解出来なかった。
「四宮さん?何が大変なんですか?何故動いては――」
「殲滅部隊が活動を本格的に開始したんだ!どうやら我々「解放者」のことも知っていたみたいで、
既に事務所は抑えられてる。
大隈・荒川は後々合流する予定だが…もし君のことも知っていたら君の身が危ない。
恐らく向こうもクルトのことはもう知っているだろう。
だとしたら狙うのはまず、君の家だ!
家の人はいないのかい!?」
「親は会社で、ええと…四宮さんは大丈夫なんですか?アルフは?」
「私は大丈夫だ。アルフは既に君の家へ向かっている。
とにかく、私が行くまで動かないでくれ!」
それだけ言うと四宮は電話を切ってしまった。
そしてその電話からすぐにアルフが到着した。
クルトが覗いていた窓の外で、恐らくキャプチャーしたと思われる羽を羽ばたかせながら(ちなみに羽は腕から生えていた)窓をノックした。
急いで窓を開けてアルフを迎え入れた澄は、今の状況のことを聞くつもりだったのだが、
アルフの発言によってそれは遮られた。
「どうも"初めまして"澄君、クルト君」