―第一章"三つ巴の意志"・その6―
「政府の・・・実験施設!?」
澄は、クルトがどこからか逃げ出してきたのは知っていた。本人から聞いたのだから。
「そう、実験施設だ。奴らは異常キャプチャー能力のチャオに対抗する手段を、
そして・・・"現存の異常キャプチャー能力を超越した能力を持つチャオ"を生み出す研究を・・・そこで「かつて」行っていた」
「かつて?」
「ああ。今現在、施設跡は廃墟と化している。原因は知らないが・・・去年の年末辺りに爆発事故があったらしい。
もちろん研究内容は他の人間には知られるわけにはいかない。例え警察だとしても。
だから彼らは全ての証拠を隠滅し、その施設を捨てた。その施設だが・・・まだ事後、誰も入っていない。
事故の時に漏れた有害物質が消えないらしい。恐らく・・・その有害物質に対しては防護服も意味を成さないのだろう。
それほど危険なものが充満している中、誰が行けるだろうかということで放置されている」
・・・クルトもそこのチャオなのだろうか。
いや、間違いない。そこのチャオだ。恐らく事件のある前に逃げ出したんだろう。
やはりクルトは・・・作られた存在なのだ。
澄にはまだ疑問が残っていた。さっき聞いた"試した理由"にWorldのチャオが残した"α-01"という言葉・・・。
試した理由は全て聞いた後がいいと思い、澄は早速謎の言葉について聞いてみた。
「あの、Worldのチャオが言ってたんですけど、"α-01"って何ですか?」
その言葉を発した瞬間、彼のさっきまで普通だった表情が逆転するのが目に見えて分かった。
それから少し、手に顎を乗せて考え込んだ。そして重そうに唇を持ち上げた。
「"α-01"だと?まさか・・・そんな、いや、現にこうして・・・いやしかし・・・」
「あの・・・どうかしましたか?」
澄は心配する様に声を掛けた。すると彼は深刻な面持ちで返した。
「まずい・・・まずいぞ。事態は予想より遥かに恐ろしい・・・。
"α-01"・・・私が聞いた情報では、君のチャオは"σ-27"と聞いていた・・・が、実際は違った・・・。
まさか・・・誰かが裏に潜んで・・・?いやいや、まさかそんな・・・」
「・・・どうまずいんですか?」
澄は少し、イラついた感じで聞いた。すると彼は先程よりももっと深刻そうな顔をしていた。
恐らく、情報元から聞いたものと違うところがあったのだろう。
「"α-01"は・・・あの施設で最も強い力を持っていると聞いている。つまり・・・」
「つまり・・・?」
「最も政府、Worldに狙われる可能性が・・・高い」
・・・まさか。
澄は彼の言ったことをそのまま頭の中で反復した。
今日は昨日のこともあって、警察が家の周辺をうろついているからと高をくくったが・・・まずい。
両方とも警察なんて、各々の方法で強制突破してくるだろう。
政府は権力で、Worldは・・・武力で。
「率直に聞きます。さっき聞いた「僕を試した理由」とは何ですか?」
澄は口早に言った。早くしないと、クルトが危ない。
彼は微笑み、待ってましたと言わんばかりに言った。
「理由・・・それは"私達の仲間になって欲しい"からさ。無論、君は合格だ。
考えてもみろ。政府はチャオに対して牙を剥き、Worldは主に政府、つまり人間に対し牙を剥く。
が・・・『共に生きる』という選択肢を誰も選んでいないのだ。
ならば、私達で『共生』を目指して戦って、勝ち取れば・・・チャオだって殲滅なんてされない。
・・・つまり、"私達と奴らに対抗して両方の安全を確立しないか"ということだ。
嫌ならいい。強制はしない。だが、心に留めておいて欲しい。
いつか・・・何もしなければ『チャオを殲滅するか』『人間が消えるか』
・・・その時が来る。そのことを心の底に置いておいてくれ」
僕が・・・僕とクルトが・・・『戦う』!?
戦う・・・なんて考えもしなかった。でも・・・果たして出来るのだろうか。
僕は武道もスポーツも何もやっていない、所謂「凡人」
そしてクルトはキャプチャー能力を見せたことすら無い。
本当に・・・
そこまで考えた時、あることを聞くのをすっかり忘れていた。
名前だ。とりあえず、答えを出す前に聞くことにした。
「そういえば・・・貴方の名前は――」
そこまで言うと、突然彼が窓の方を見て叫んだ。
「避けろっ!」
その叫びとほぼ同時に、店の通りに面した大きな窓ガラスが割れ、
それと同時に丸みを帯びた、サッカーボールより一回り大きい何かが店内に突っ込んできた。
そして、澄達が退いた席を粉々に粉砕した。店内には悲鳴とパニックが渦巻いた。
誰かが狙ったのか、それとも偶然か。何にせよ、彼の咄嗟の判断で何とか避けられた。
彼は床に散乱するガラスの破片の上に立ち、落ち着いて言った。
「私の名前は四宮 陽介(よつみや ようすけ)。よろしく、風見 澄君」