―第一章"三つ巴の意志"・その5―
昨日は事情聴取やら何やらで忙しかった。両親が帰ってくるなり、仰天して澄に抱きついた。
一応警察と親には事件のことを話したが、あの「オールバックの黒スーツ」のことは秘密にしておいた。
澄はその日の帰路で、再びあの喫茶店に立ち寄った。すると案の定、あの彼がいた。
店の扉を押して開ける。涼しげなベルの音が店内に響き渡る。
澄は彼と同じ席に座ると、あるものを見つけた。
チャオだ。彼の隣にはチャオが座っていた。
・・・どういうことだろう?チャオを殲滅するとか言ってる政府の人が、チャオを飼うなんて有り得るのだろうか。
少なくとも、その秘密を知っている政府の人が飼うとは考えにくい。
席に着いた澄の最初の質問はそのことだった。
「やあ、あのヒントでよく分かったね」
「あの・・・そのチャオは」
「ああ、この子はアルフ。私の助手だ」
「・・・助手?」
澄は少し考えて、そう言った。
何のことだかさっぱりだ。
「私に対して疑問を持っているね。このチャオと、私の身分と、に。
・・・最初に謝らなければならない。私は政府の人間なんかではないんだ」
「え?」
「騙していてすまなかった。私の本業は探偵、そして情報屋。
政府を騙っていたのは君を試すため、君の考えを知るためだ。許してくれ」
「あ、ああ・・・はい」
澄は面食らった。彼は政府の人間ではなく、ただの探偵だという。
チャオを飼っている点から見ても政府の人間じゃないようだが・・・まだ疑わしい。
そんなことを考えていると、彼の隣に座っている黒いダークチャオが突然口を開いた。
「学生さん、彼をまだ疑っているようだけども、彼は本当にただの探偵ですよ。
貴方のチャオに対する心、そして真実を聞いてどう思うかを試しただけです」
クルトとは全く違い、大人びたチャオだ。
チャオ自身が言うなら、これは本当のことだろう。
「なら・・・試した理由は何でしょう?」
彼は少し考える様にした後、澄の目を見据えた。
「・・・昨日、Worldのチャオが来ただろう。Worldは少しでも仲間を増やそうと躍起になっている。
恐らく・・・政府に対して反乱でも起こすつもりだろう。確かに保護というのもあるだろうが、異常能力を持つ者を、
中でもとりわけ強力な能力を持つ者を最優先している点では単なる"保護"とは考えられない。
第一、強い者なら自分で自分の身くらい守れるはずだ。
だが彼らは一般のチャオや人間に迷惑を掛けようとはしていない。
確かに貪欲なまでに異常能力の戦力を集めてはいるが・・・彼らの敵は政府だけだ」
「一般には迷惑をかけない?そんな、じゃあ昨日の出来事は何だったのですか!」
彼はまた少し考え、「ふぅむ」といった感じでこう言った。
「恐らく・・・そのチャオは組織に入りたてでルールを知らなかったんだな。
・・・そのリオスってチャオはドラマの見すぎだ」
・・・それで良いのか黒スーツ。
彼はさっきの話に付け足す様に言った。
「私も、情報を手に入れた時は信じられなかったよ、こんな話。
だけども実際、異常能力をこの目で見ると信じるに値すると思った」
「・・・この目で見た?まさか・・・」
彼はゆっくり頷いた。
「そう・・・アルフだ。
その情報を手に入れてから二日後、ふとアルフに聞いてみた。『まさかお前はそんな能力持っていないよな?』と。
するとアルフはまるで当然の様に『持っている』と」
「語る必要が無かったもので。別に持っていたって得をするワケでも、損をするワケでもないのですからね」
やはりアルフは当然の様にさらっと言う。まあ、誰にも言わなければWorldが押しかけてくることも無く、政府に回収されることも無い・・・あれ?
澄は昨日の疑問を思い出した。
『何故クルトは狙われた』
クルトは能力を持っている素振りは見せないし、普通のキャプチャーでさえ人に見せたことが無い。
やはり出会う前に何かあったのだろうか。
澄は意を決して彼に聞く。緊張で喉が渇き、澄はゴクリと喉を鳴らした。
「あの・・・クルトは何故狙われるんですか?それに・・・クルトは一体何者なのですか?」
すると彼は深い深い溜息を一つつき、重そうに口を開いた。
「あのチャオは政府の・・・政府の"実験施設"の・・・脱走者だ」