~最終回~ ページ2
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じりじりと、鉄板の上で蒸し焼きにされているような気分になりながら、俺はアスファルトを足取り重く歩き続ける。…暑い。
低空飛行でぷよぷよとついてくるミズ――ちゃっかり、俺の影に入り込んでいやがる――を見て、なんとなくコイツが家に来たときのことを思い出した。
小さいころから、チャオが好きだった。
いつも何も考えていないような顔をしていて、実際何も考えてなくて。
嬉しいコト楽しいコトがあればそれを笑顔で存分に表すし、嫌なコト悲しいコトがあっても、新たに嬉しいコト楽しいコトを見つけて笑い飛ばす。
そんな単純で、純粋なチャオが好きだった。
他にも、進化や転生といった、他の生物には見られないチャオ独自の特徴。コレも、チャオの魅力のひとつだろう。
育て方や環境など、さまざまな要素が結びつくことによってチャオはその姿を千差万別に変化させる。
特に転生は凄い。チャオ達は、死を超越できるのだ。まだそのメカニズムは、まったくと言っていいほど解明されていないが。
一度死んで生き返るのかもしれないし、記憶はそのままに体を再構築しているのかもしれない。ある意味不死ではなく、不老なのかもしれない。
いずれにしろ、チャオは育て主に懐いていないと転生しない。そんなトコロも、チャオらしいと思う。案外、チャオにとってみれば『寿命来たけどもうちょい生きるね』ぐらいのモノなのかもしれない。
そう、チャオは愛情を注いでもらわないと生きられない。注いでもらっている間は、そのそばを離れない。
じゃあ、俺がいなくなったらお前はどうするんだろう。
俺の心の声が聞こえたのか、ミズは俺を見上げてにこっと笑う。今ミズは、こう思っているのかもしれない。そんな先のコトわからない、と。
俺も、そう思ったから。
…それとも、何も考えていないのかもしれない。
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容赦なく日差しが照りつける中、汗だくになりながらようやくチャオショップまで十数メートルと言うトコロで、まったくもって予想もしていなかった人物がチャオショップから出てきたのを俺は見た。
白いノースリーブのワンピースを着て、手にビニール袋を持っている――恐らく、今しがた買い終えたモノが入ってるのだと思われる――その少女は、間違いなく水月栞だった。
彼女の足元には一匹の白っぽいチャオがいた。彼女は、俺から見て右手にあるチャオショップの真正面にある横断歩道の前で信号待ちをしていた。
さて、どうしよう。
とりあえず、声をかける?なんてかける?嘉川なら『スリーサイズは?』とか言うのだろうか、ってそんなコトはどうでもいい。
えーと、水月もチャオ育ててるの?こんな感じでいいか。
パパッと考えをまとめて、水月までの距離が近づくにつれてなんとなくドキドキしながら歩いていく――と。
得体の知れない寒気が、全身を駆け巡った。
なぜだかはわからないが、嫌な予感がした。
横断歩道に飛び出した小さな影を、俺は見た。
それは、白い猫だった。
水月の足元をするりと抜けた猫は、人間が何故信号待ちをしているのかまったく理解できないと言う風に、堂々と赤信号を無視して横断歩道を駆け抜けていった。
問題なのは、その後だった。
さっきまで水月の足元でちょろちょろしていた白いチャオが、横断歩道上にいるのだ。
何であんなところにいるんだろう、さっきの猫につられたのか。そこまで考えたところで、そんなコトはどうでもよくなった。
先ほどの嫌な予感が、形となって現れた。
一台の乗用車が走ってくる。横断歩道の真ん中には、白いチャオ。そして、水月の「あっ」と言う声。
それらの光景がほんの一瞬スローモーションで見えたような気がして、その直後にはすでに俺の足は動き始めていた。
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