~第四回~ ページ1
開け放たれた窓から、爽やかな風と太陽の光が注ぎ込む。
一人の少年が、二回にある自分の部屋で、ベッドの上に寝っ転がって本を読んでいた。
本のタイトルは、『チャオ図鑑』。
コンコン、と音を鳴らす自室のドアに向かって、少年はひとつ返事をした。
ドアを開けて入ってきたのは、少年の母親だった。
「オヤツ、食べる?」
母親は手にお盆を持っていて、その上にはお皿に入ったクッキーと、コップに入ったコーヒー牛乳が乗っている。
「またその本読んでるの。ホントにきょうくんはチャオが好きね」
感心しているのか呆れているのか、母親はそう呟いた。
『きょうくん』と呼ばれた少年は、うんと頷いた後、体を起こして胡坐をかいた。そして言った。
「お母さん、チャオ育てたい」
ふぅ、とひとつため息をついた後、母親は言った。
「ダメよ」
今まで何回このやり取りを交わしただろうか。母親は回数を数えようとして、やめた。
そしてこの後に続く言葉も、予測がつく。少年が、
「何で?」
と聞いてくるのだ。
予測どおりの質問に、母親も答えを返す。
多分目の前の少年は私と同じように、返ってくる答えを予測し、そして私の答えもその予測に合致していると思う。
「まだあなた一人じゃ世話し切れないでしょう」
「ちゃんと育てられるもん」
「それに、お父さんはあんまり犬とか猫とか好きじゃないし」
「犬でも猫でもないもん、チャオだもん」
はぁ。
以前からチャオを育てたいと言っていたが、最近になってその回数が増えている。
母親は、チャオを育てるコト自体には反対ではない。生き物と触れ合うコトはとてもいいコトだと思う。
勿論育てる以上、キチンと一人で世話を出来なければならないとは思っているし、途中で育成を放棄するなどはもってのほかだ。
ただ、少年の、チャオについて話すときの目はとても輝いている。暇を見つけてはチャオの本を読んでいるし、『友達からチャオ博士って呼ばれてるんだ』と自慢したこともあった。
きっと、途中で投げ出すなんてコトはしないと思う。
なかなか『いいよ』とOKを出せない理由はつまり、さっき挙げた二つの理由の内の後者にあるのだ。
「食べたらお盆とお皿、下に持ってきてね」
ぷぅと頬を膨らませて、コチラを睨み付ける視線から逃れるように母親は退室した。
「…チャオ、育てたいなぁ」
少年の呟きを聞いたのは、少年だけだった。
…
「…あれー…」
はっと目を覚まし、ベッドの上でのろのろと上半身だけを起こす。
ぼーっとしたままの頭で、必死に今見ていた夢の内容を思いだそうとする。
しかしたった今見ていたはずなのに、すっぽりと記憶から抜け落ちてしまっていて、思い出すことが出来ない。
それでも、ほんの一欠片だけ脳に引っかかっているような、なんともすっきりしない妙な感じが体を支配する。
なんだか、懐かしかったような気がする。
枕元の時計は、現在時刻が午前九時十分であることを示していた。
もしきょうが平日なら今頃俺は、あまり優秀とは言い難い脳味噌のありとあらゆる機能を総動員させ必死に世界中の人々が感動の涙でむせび泣くような遅刻の言い訳を考えていただろうが、今日の場合はその必要は無い。
週休二日制が導入されて以来、わが学校も当然土曜日は休みとなっている。そして今日は土曜日である。朝の日差しが清々しい、空には雲一つ無い爽やかな休日なのであった。