~第二回~ ページ4
「ねぇ、誰か男子、あっ瀬野君と湯之元君でいいや、ちょっと来てー」
先ほど水月の手を引き教室を出て行ったはずの湖山が、廊下から俺達を手招きしていた。
呼ばれる理由が何一つ見つからないのは俺だけではなく湯之元も同じだったようで、
「どうしたのー?」
と理由を尋ねながら手招きに惹かれるがまま、廊下へ足を向けていた。
俺も湯之元の後を追うようにてくてく歩きだす。
「職員室の前通ったら先生に呼び止められて、なんか教室まで運んでほしい教材があるって。そこで力強くてとぉっても頼りになるあなた達に協力を要請しに」
両の手のひらを合わせ右頬に添えて、こくりと首を傾ける。真夏のヒマワリのような極上の笑顔で。
本人はとてもキュートな仕草だと思っているだろうが、その奥に隠される本心を見抜けないほど俺はバカじゃない。
「つまり運搬指示された物が重くて自分達が運ぶのが面倒だから俺達に任せようというわけだな」
湖山はヒマワリの笑顔はそのままで、
「素晴らしい洞察力だわ瀬野君。将来名探偵になれるわきっと」
パン、と手を叩いた。そいつはどうも。
「面倒な仕事持ってきやがって」
「いいじゃないの、暇でしょ」
「あいにくと彼女を待たせているんだ。今頃階段の踊り場で俺の登場を待ち焦がれているだろう。午後の憩いの時間、生徒同士の他愛も無い会話で騒がしくなる校舎の中で、まるでそこだけ世界から切り取られたかのように人気の無い静かな踊り場で再会を果たす二人。見つめ合う二人の気持ちは徐々に高揚していき、ココが学校だということも忘れあんなコトやこんなコト」
「暇ね、行きましょ」
「…」
誰か、妄想が現実になる機械を発明してくれないか。
渋々職員室へ出発しようとしたとき、嘉川が「俺も俺も」と同行を希望したが、
「あんたはダメ」
と湖山は切り捨てた。
「Why!?なぜだッ」
嘉川は広げた両手をわなわなと震わせる。その声は教室で駄弁っていた生徒達の目を引くには十分な音量だった。
湖山はずびしッ、と右手人差し指を嘉川に突きつける。
「教えてほしい?バカだからよ。金輪際、みなちゃんの半径一メートル以内に近づくコトは叶わないと思いなさい」
みなちゃん、とは女子どもが早々につけた水月栞の愛称と思われる。
嘉川は抗議の意思を覆さない。
「なぜ俺がそんな非人道的仕打ちを受けねばならん!俺はただ、水月ちゃんの突然の環境変化による心細さを解消してやるために、そう!一分一秒でも早く仲良くなるためにまずは身体的特徴を」
「最ッ低!」
みなまで聞くことなく、湖山は頭から湯気を噴出させながらずんずんとゴジラのように歩いていった。
嘉川はまだ抗議の意思を覆さない。
「くそぅ、お前らからも言ってやってくれ、俺を弁護してくれ」
俺と湯之元は互いに顔を見合わせてから、
「自業自得だな」
「自業自得だね」
コンマ一秒の狂いも無い完璧なタイミングでたった一言のハーモニーを奏で、湖山の後を追った。
その途中、クラスメイト達の爆笑と「裏切り者ーッ!」という嘉川の遠吠えが、背中越しに聞こえてきた。