~第二回~ ページ3
昼休みになると湖山と河野が水月の手を引き教室を出ようとする。学校内を案内するらしい。
せわしない女子に手を引かれ、制服のスカートを翻し廊下へ駆け出す水月。ほんの少しドキリとしながらその様子を頬杖をついて眺めていると、
「瀬野、お前に提案がある。お前がもしコンビニ弁当でも菓子パンでもスナック菓子でも、そうだな、個人的な希望を言えば何となくコロッケパンが食いたい気分だが、とにかくなにかしら食べ物を持ち合わせているのなら、それを俺に譲るべきだと思うのだがどうだろう」
嘉川が本来の椅子の座り方とは真逆に背もたれに抱きつくような体勢で、縄文時代の人間でも断固として拒否すると思われる提案を口にした。聞く限りでは俺に発生するメリットは皆無のようだが。
「いや、ひどい目にあった。なぜ俺は窓からポイ捨ての刑に処されねばならなかったんだ?おかげで給食を食い損ねた。俺が食い物を要求した原因はそこにある。だから何かくれまいか?」
「あいにく俺はお前が望むようなものは何も持ってはいないし、仮に持っていたとしてもくれてやることは無かっただろう。ポイ捨ての理由は、そうだな。自分の発言に洗いざらい目を通してみるこったな」
「わからない。俺の発言はどれもこれも世界中を笑顔に包む愛ある言葉ばかりじゃないか。何が悪いというのだ。くそぅ、女心とはミステリアスなのだな、そのすべてを推し量ることは不可能なのか?」
嘉川のそのクソ真面目な顔つきが何を目指しているのかはわからないしわかりたくも無いが、俺には目の前のバナナを食べるか否か悩んでいるサルにしか見えないな。
そのサルの肩口から、ひょいと顔を覗かせた人物がいた。
「いくらなんでもデリカシーが無さ過ぎたね。しばらく女の子達はまともに口も聞いてくれないんじゃない?」
俺の前の前、つまり嘉川のひとつ前の席に座る男子生徒、湯之元歩(ゆのもとあゆむ)だった。
メガネをツイと指で押し上げる仕草が知的な雰囲気を醸し出しているが、実際コイツは割かし頭がいい。嘉川とともに、たびたび宿題の模写…あーいや、ノートを参考にさせてもらっている。
湯之元のズバリ的を得た意見にも耳を貸さず、嘉川は往生際悪く喚き散らす。
「だってよぉ、お前らだって興味あるだろ少しは。俺は先陣きって、自らを犠牲にしてまでお前らを代表して聞いてやったんだ。俺を崇め敬え、崇敬しろ」
そういうことは戦果を挙げてから言うんだな。
「お、ということはやっぱりお前も知りたいんだな」
失敬な。俺はたかだか三つの身体的数値に女性の価値を見出すような、そんな表面的な部分しか見ない人間ではないぞ。
「じゃあ知りたくないのか」
自分から進んで知ろうなど、ましてやお前のように正面から堂々と聞くなんてことはありえないな。
「目の前にスリーサイズの書かれた紙を突きつけられたら、お前は目をつぶるのか?」
しかしまぁ、あったとしても有害にはなりえない情報だから、不可抗力で手に入れてしまった場合は、うん、不可抗力だし致し方ない場合もあるにはあるかもしれないというかなんというか。
「はんっ。結局貴様もたかだかスリーサイズごときでガタガタぬかすしょーもない輩と同類だったんだな。見損なったぜ」
「鼻息荒げてしつこく聞いていたのはどこのどいつだ」
「ドイツはヨーロッパだよ」
湯之元の渾身(かどうかは知らんが)のギャグに誰も笑わず、三人同時に恐らくは俺と同じ空しさを覚えたのだろう、
「だはーっ」
と盛大にため息をついた。少なくとも、有意義と呼ぶには程遠い時間だったことには間違いない。
さて残り十五分弱ある昼休み、このまま引き続きバカ話に終始するかと思われた矢先、廊下のほうから甲高い声が響き渡った。