~第二回~ ページ2
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今日の授業中の俺の顔は、鏡を見てないのでわからんが、もしかしたらずっと恵比寿様顔負けのにやけ顔だったのかもしれない。
目の前で薄気味悪くニヤつかれていたら落ち着いて食物摂取もできんだろう、ということで俺は今顔がニヤつかないように注意を払っている。
今は、給食の時間である。男子は机を右に九十度回転させ、女子は左に同じく九十度回転させて即席テーブルを作って食べている。今日のメニューはワカメご飯と肉じゃがと、秋刀魚の塩焼きと豚汁、デザートにヨーグルト。忘れちゃいかんのが牛乳in紙パック。
今までは小学校の頃となんら変化がない『班になって食事』制度にマンネリズムを覚えていたのだが、だがしかし今だけはこの制度が生き残っていることに感謝の辞を述べたいと思う。
今日の給食は三割り増しぐらい美味に感じる。その理由はきっと、龍宮城から飛び出た乙姫が目の前でもぐもぐとジャガイモを頬張ってらっしゃるからだろう。俺の味覚神経もその愛らしい姿に機嫌をよくしたのかもしれない。
嫌いな食べ物を克服するなら今が絶好機かもしれないな。ピーマンでもいってみるか。あいにく目の前に並ぶ料理にはその姿は見受けられなかったが。
給食時間になってから、転入生への好奇の目も少しは落ち着いてきた。
がしかし、俺の左前、水月の右隣に座る女子生徒、湖山恵理(こやまえり)はまだまだ喋り足りない聞き足りないようで、機関銃の如き勢いで話題提供を絶やさない。彼女の頭の中にはどれだけ話の種がストックされているのだろう。
肩まで伸びた髪を右側だけちょこんと結い上げ、この世は楽しいコト以外何も無いと考えているような笑顔で、手と口をフル回転で動かし続ける。
好きな漫画とか、好きなドラマとか、好きな芸能人とか。どうでもいい内容の会話にそれなりに耳を傾けながら、たまに会話に混ざりながら時間が過ぎていった。
ふいに、話題が変わった。
「え、前にこの辺に住んでたことあるの?」
「うん。五歳ぐらいまで。九年ぐらい前、かな」
若干視線を上向かせ、記憶を引き出しながら水月はそう言った。
昼食時間開始直後からまったく衰えることの無いハイペースで、湖山は口を動かし続ける。
それでいてしっかり目の前の給食も着実に減らしていく。こっちにご飯粒を飛ばさないでくれよ。
「じゃあ、結構変わってて驚いたんじゃない?駅前のデパート出来たのいつだっけ?五年ぐらい前だっけ?」
ジャガイモをほおばりながら、右手の橋をぐるぐるまわす。誰でもいいから答えて欲しいらしい。
我ら男子軍の中にはその疑問に答えられるものはおらず、湖山の隣の女子生徒、河野晶子(かわのしょうこ)が口を開いたが、
「もう少し前だったような~?すみません、よく覚えてないです~」
きっちり切り揃えたセミロングの髪と同じようにふわふわした口調で出てきた回答は、とても解答とは呼べない代物であった。
それでも湖山は満足したのか、あるいは駅前デパート誕生年月の追求に見切りをつけたのか、今度は映画館を話に持ってきた。
「あ、あそこの映画館知らないでしょ」
「あの映画館はずいぶん前からあったような~?」
「九年前はないんじゃん?」
「そこは…」
「これは…」
「スリーサイズは…」
気づけば、水月そっちのけでこの九年間の間に出来た店や潰れた店の確認を開始する女子二人。ちなみに最後のノイズらしきものの発生源は『最ッ低!』の称号を授与された後、女子たちの手によって窓から放り投げられた。俺の左隣の席が空いた。
キョトンとした迷子の子供リスのような水月栞の姿は、華厳の滝から発生するマイナスイオン並の癒し効果があるに違いないと推測され、その恩恵を受けた俺の心は洗い立ての真っ白なTシャツのように清々しい状態にあった。
ほけーっ、と呆けていたもんだから、空中で止まったままの俺の箸から一口サイズのニンジンがいつの間にかナフキンの上にダイブを敢行していたコトに気づいたのは、昼食時間終了間際だった。