~第一回~ ページ3
……。
即座に静寂が訪れた。
別に入ってきた教師が特別怖い教師だとか、教師の持つ圧倒的な威厳の前に押し黙ったとか、そういうわけではない。(違うのか…byせんせい)
先生と一緒に、見知らぬ女子生徒が入ってきたからだ。
長い黒髪を水色のリボンでうなじの辺りで束ねていた。そこからたれた髪が歩く度にふわふわ揺れる。
教壇の、俺から見て右隣に立ったところで彼女は正面を向いた。後ろ髪が隠れて、ショートヘアに見える。
「えー、突然だが、転校生を紹介する」
そう言って、担任で数学担当の大海雄二(おおみゆうじ、三十二歳彼女募集中)先生は白いチョークを手に取り、黒板に文字を書き始める。
かつ、かつ、かつ…
小気味よいリズムを刻んで、松本先生はチョークを動かす。その間も教室は静かだったが、少しざわつき始めた。
原因は、俺の前の席に座っているようなやつが
「ほらみろ、やっぱり転校生だ。っつか、おい、かわいくね!?」
などと近くの生徒に小声で話しかけているからだろう。
だがしかし、今の俺にはそんな嘉川の声など右の耳から左の耳へ状態だった。なぜって。
俺の視線は、見知らぬ女子生徒に釘付けだったからだ。
「…おい、瀬野?お~い、お~い」
「…」
…はっと我に返ると、目の前では嘉川の手のひらがひらりひらり、上下に振れていた。
「どしたぁ、あ、お前見とれてたのか。目がヤバかったぞ、目が。うわ、お前一目惚れ?」
「ちが、ちがう、そーじゃない」
否定しようにも、図星なだけに歯切れが悪くなる。うわー、俺今目ぇヤバかったか。
頭を抱えて自己嫌悪に陥っていると、チョークと黒板の摩擦音がやみ、松本先生から「はい注目」との指示が下り、俺を含めたクラスの全員がその指示に従う。
黒板に書かれている文字は――
「今日から中学校二年七組で君たちとともに勉学に励むことになった――水月さん、自己紹介をどうぞ」
「あ、はい」
――黒板に書かれている文字は、水月栞。
「えっと…水月栞です。これからよろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をした途端、なぜかクラス中が拍手の渦に巻き込まれた。なんかよくわからんが、俺も一応つられておく。騒がしいの大好きクラス。
挨拶をしただけで拍手喝采を浴びた当の本人はものすごく戸惑っているし、松本先生は「わかったから静かにしろ」の連呼。
拍手をする男子生徒の中には立ち上がっている者や涙を流している者や机にガンガン頭を打ち付けているやつもいる。んなオーバーな。
…と、言いたいところだが。そいつらの気持ちも正直少しわかる(最後のヤツはわからんが)。
だって可愛いんだもん。
結局、水月栞を戸惑わせる事と近隣クラスに迷惑をかける事のみに多大な貢献を果たした二年七組オーケストラによる大拍手は――。
松本先生の怒号が響き渡るまで続いた。
「じゃあ一番後ろの、空いてる席に座って」
――松本先生が指差す場所は……
「はい」
――現時点でのこのクラス唯一の空席、
てくてく
――つまり、
てくてく
――俺の、
てくてく
――とな
すとん
――り。
「…」
しかないよなぁ、やっぱり。
彼女は小動物を思わせるくりっとした目で俺の顔を覗き込む。
「あの」
「は、ははいっ」
ぼーっとしてたのを急に現実世界に引き戻されたために、しゃっくりみたいな返事をしてしまった。
彼女は小動物のような目はそのままに、マシュマロみたいなふんわりとした微笑みを浮かべて右手を差し出し、こう言った。
「よろしくお願いします」
「…」
一拍の間を空けて、俺も右手を差し出した。よろしく、と。
始業式の翌日、今日から本格的に二学期の授業が始まろうとする日のコト――呆れ果てるくらいの快晴の日のコトだった。