~第一回~ ページ2



――コレは夢か現か幻か。いったい今の状況はいずれに属するのか。消去法で探ってみよう。

まずは夢からだ。漫画の世界では、夢かどうかを確かめるのに自分の頬をつねるというシーンをよく見るが、果たしてコレを実践したことがある人間とはどのくらいいるのだろう。
第一、夢と現実の区別がつかなくなるほどの状況に陥ること自体、そう多くはあるまい。俺は今までも、そしてコレからも、自分で自分の頬をつねるという行為に走ることはないだろうと思っていた。いたのだが。

ぎゅいっ。

こっそりやってみた。多分、誰にも見られてはいないとは思う。見られないようにやったんだから。…多分大丈夫。
そして、やってみてわかった。今現時点での俺の居場所は夢世界ではなく、現実世界なのだということが。右頬の淡い痛みが教えてくれる。コレは夢じゃないぜ、と。

次は幻かどうかだ。そしてこの結果によって、俺が夢幻に取り込まれているのかそうでないのかがはっきりする。
俺は俺の右隣を見る。その可憐な横顔がもし幻なのだとしたら、俺のテンションメーターはヒモ無しバンジーの如き勢いで落下の一途を辿るだろう。そして、再上昇するにはかなりの困難が予想される。なんたってヒモがないからな。

だが。だがしかし。あの感触はとても幻には思えない。
俺は右の手のひらを見つめる。ほんの数分前の感触は、この手について離れない。この感触が教えてくれている。『彼女』は決して夢でも幻でもなく、俺の目の前に舞い降りた一人の天使……――

「あのー…」
「は、はいっ?」

どっきん。と俺の心臓が大きく鼓動した。と同時に返事をしたが、その声はとても上ずっていた。

「あの、教科書見せてもらえませんか?」
「えっ、あ、教科書。教科書ね。はい、ちょっとまってて…」

一体全体、俺はなぜこんなに慌てふためいてるのだろう。何も悪いことはしてないのだが。

「…はい」

机の左に提げたカバンから数学の教科書を取り出し、先生の指定したページを開いて、くっついた机のちょうど真ん中に置く。
彼女はふわりと微笑んで、俺に向かって言った。

「ありがとう」

――コレは夢か現か幻か。いったい今の状況はいずれに属するのか。
本日、めでたく清洸(せいこう)中学校二年七組に転入を果たした転入生、水月栞(みなつきしおり)は――

めちゃくちゃ可愛かった。

――五分前のコト。

机に突っ伏して瀬野恭司(せのきょうじ)は先生がやって来るのを待っていた。
すでにホームルーム開始を告げる予鈴は鳴り終えている。あと数分、いや数十秒もすれば先生はやってくるだろう。すでに大半の生徒は雑談を打ち切り、前を向いて座っている。まだしゃべり足りない生徒がざわついてはいるが。

しかし、いったいコレは何だろう。

恭司は、自分の右隣に視線を移す。そこには、昨日までは無かった机と椅子一式がたたずんでいた。
恭司の席は、左手の窓側から数えて三列目の最後尾である。窓側から男子・女子の順に六人一列で並んでいる。
クラス人数は三十七人なので、恭司の列だけ七人が並んでいる。そして、その列の最後尾である恭司の隣は空きスペースとなっているわけだ。
なので今まで隣には何もない空間が存在していたのだが、今日に限っては机と椅子が、こう、ででんと。

「だから、絶対転校生だって」
「確証は?」
「ない」

体をひねって前方から話しかけてきたのは、小学校時代からの友達、嘉川俊光(かがわとしみつ)である。
さっきから「転校生だよ、絶対!」とか「転校生だよ、マジで!」とか「転校生だよ、確実に!」と同じ意味の言葉を繰り返しわめいている。転校生転校生うっさい。

「確証も無いくせに絶対とかいうな」
「でもよー、それしか考えられないじゃん。相対性理論的に転校生だって」

オマエの相対性理論という言葉に対する認識が知りたい、と言いかけたところで、がらりと扉が開いた。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第183号
ページ番号
2 / 18
この作品について
タイトル
わたあめ
作者
宏(hiro改,ヒロアキ)
初回掲載
週刊チャオ第183号
最終掲載
週刊チャオ第189号
連載期間
約1ヵ月12日