~第一回~ ページ1
「誰か、助けて!」
一人の幼い少女が叫んでいた。少女の目の前には、川が流れている。
川の真ん中では一匹のチャオが、手足をばたつかせて水しぶきを上げていた。溺れているのだ。
少女は辺りを見回す。誰もいない。助けを呼びに?その間に溺れてしまったら?
少女は意を決して、チャオの元へ走り出す。が、決して浅くは無い川の水は、少女の体を易々と飲み込む。
少女の意識は、そこで途絶えた。
…
少女が目を覚まして最初に見たものは、自分の顔を覗き込む見知らぬ少年の顔だった。
「大丈夫?」
反射的に、うん、と頷いた後、上半身を起こしてきょろきょろと首を動かす少女。自分は確か――
記憶遡行を開始して間もなく、少女は最優先で確認するべき事項を思い出す。
「ミズは!?」
思わず前のめりになって少年に詰め寄ろうとしたとき、右手に触れたぷるんとした感触。
川端の草原ですやすやと寝息を立てる、一匹のチャオだった。
「無茶すんなぁ」
チャオの無事を確認してすっかり安堵しきった少女に少年が、感心しているのか呆れているのか、そう呟いた。
「泳げないんだったら、助けを呼べばよかったのに」
「…ごめんなさい」
「別に謝らなくても」
改めて少年を観察してみると、少年はずぶ濡れだった。そして今更ながら気づく。
「あの、」
「ん?」
「ありがとう。助けてくれたんだよね」
「どういたしまして」
少年はそう言って、にかっと笑った。
…
「…」
懐かしい、と彼女は思った。
ベッドから身を起こし、枕もとの時計を見える。六時三十分。早く起きすぎた。アラームより前に起きるのは久しぶりだ。
目覚まし時計のスイッチを切った後、彼女は暫くベッドの上で先ほど見た夢を思い出していた。
あのときの、名前も知らない少年は今どうしているだろう。
最後の少年の笑顔を思い出しながら、彼女は顔を洗いに洗面所へ向かった。
…