Violet Pen's 3
それの目が緑色に輝き始め、どろっと体が溶けた。
綺麗なものの、残酷とも見える水色が露になる。それは、人の姿のようで、人ではない。
水、そのものであった。
妖しく光る緑の目が、恐怖を感じさせる。
「ニンゲンドモヨ」
四人は、声を出す事すら出来ず、
「ツミヲツグナエ」
その部屋と共に、水圧で吹き飛んだ。
「頼んだよ、必ず」
灰色のマユが、濃さを増す。
「必ず、みんなを」
声が、かすれていく。
「す…け……て」
須磨が起きると、そこは水浸しだった。
夕焼けに染まる水。
その様子は、どこか虚ろ気だった。
ここは、どこだろう。
時刻は、17時30分。
何か忘れている気がする。
何を忘れているんだろう。
いったい、何を。
とても大切な事だった。
ん…?
あれは、何だろうか。
灰色のマユ、悲しそうな表情。
ぼやけた視界の中で、輝いて見えるあれは。
…そうだ、絶対に成し遂げなければならない。
巨大な水色の怪物が暴れている。
自分は、そうか、おぼれているのだ。
だけど、どうする事も………
不意に、水中のぼやけた視界に、紫の光を見つけた。
その光に、手は届いた。
ペン…?
ノートもある…。
その二つは守られるように、紫色の光で包み込んであった。
ふと、頭の中で繋がる。
そうか。
出来る。この状況を打破する事が。
だが…もう、息が…
「須磨!!」
三人の声が一斉に、水の中に響いた。
須磨は目を覚ました。
「大丈夫か!?」
某が叫ぶ。冬木とDXも、そこにいた。
洪水で崩れかけた街の中、瓦礫の上に自分は生きている。
身の回りを確認する。
無い。
「これかい?」
冬木が言って、差し出す。
紫色の光に包まれたペンと、ノートだった。
「どうしたのさ?」
DXが尋ねても、須磨は黙々とノートを読む。
『CHAOSが出現し、須磨の姿で現れたのだ』
もっと先だ……
『ツミヲツグナエ』と私はいった。
まだ、先にある……
『須磨は、記憶を失い、そのまま溺死する』
ここだ。ここで文章が途切れている。
だが、なぜだ。
なぜ自分は生きている。
ともかくも、今は自問している場合では無い。
「チャピルさんが、助けてくれたんだ」
某が言う。
「チャピルさん?」
「ああ。反対組織の……ほら、ホップが助けてた」
あの人か。
しかし、なぜだ。どこにもそんなシナリオは…。
そうか。書いていないから自由に行動できたのだ。
シナリオの外からの介入で、自分は生きている。
CHAOSの誤算だ。細かいところまで記入しないと、物語の真髄は語れない。
「本物か」
「は?」
須磨は紫に光るペンを持った。
まず、あの化け物をどうにかしよう。
『千八百十五万四千四百十五代目の守護神、CHAOSは、自らの力を制御できず、エネルギーが拡散し、滅んだ』
…?
何も起こらない。
…そうか、理にかなっていなければ、全ては無駄なのだ。
だとすると…
『守護神、CHAOSは亡くなったチャオの思念が生み出した人間外生物である。人間への殺戮衝動を持っている』
そう前書きしてから、
『しかし、内なるチャオの意思により、体が消滅してゆく』
「何、書いて…わっ」
DXが驚いた。
CHAOSがうめき声を上げて、消えていったからだ。
よし。
『洪水は世界中のチャオのキャプチャー能力で、段々と収まっていき、ついに元に戻った。しかし、建物が倒れてきてしまう。そこへ、飛行船に乗ったホップ=スターが現れ、須磨たちを救出した』
「久しぶりですね、須磨さん」
「…ああ」
ホップ=スターは笑顔で彼らを出迎えた。
『そこには、世界中から集結したチャオたちが、笑いながら乗船している』
「やっぱり、別れるのは惜しいかも…」
DXが子供のように呟いた。
「これも運命だよ」
冬木がなだめる。
「まあ、そうかもな」
某が諦め気味に言った。
なんとなく、須磨は考える。
これを使えば、世界を分断しなくても、何とかなるのではないか?
しかし、それではダメだ、と須磨は思った。
人間の意志で、人間の力でどうにかしなければ意味がない。
『門は閉じかかっていたが、チャオたちは夕日の光とともに、そこへ飛び立った』
耳を澄ますと、地上から声がしていた。
惜しむ声、泣き叫ぶ声、悔やむ声……
それは、自分が書いたシナリオではない。
本気でチャオたちを愛する人々の、本当の気持ちだ。
「これくらいは、許してくれよ」
須磨は呟いて、最後にこう記した。
『チャオたちとの想い出は、人々の中で永遠に残り続けた。再び、平和が訪れたのであったとさ』
めでたし、めでたし、だ。
思い出の中で、あいつが笑った気がした――...
fin