Violet Pen's 2
「須磨!」
冬木が叫ぶ。DXと某、そして須磨が振り向いた。
「反対組織本部に侵入者だよ。さて、味方か、それとも」
「繋いでくれ」
須磨が映像を求める。
この秀才、冬木はハッキングのプロフェッショナルと言っても過言では無い。
これくらいの仕事を引き受けようと、彼はこういうだろう。
「お茶の子さいさいだよ」
と。
「DX、計画を切り上げる。良いな、須磨?」
某は許可を求めDXは早々にコンピュータをタッチし始めた。
「もちろんだ」
須磨はうなずいた。
カツ、カツ、カツ。
「あ、あなたは……」
軍服の統領は、撃たれた手首を押さえ、苦痛に顔を歪めていた。
髪を後ろでわずかに束ねた、一見して若く見える男が、右手だけを突き出してそこに立っている。
「貴様ッ……」
「チャオに危害を加えるならば、あなたを殺す事もいといません」
ぱっと、その男の右手が光り、短針が発射された。
統領はその短針…麻酔を撃たれ、気を失って倒れこんだ。
「チャオのキャプチャー細胞を自分の体に移植したという……」
確かに、あの紙にはその人物の事が書かれていた。
彼が、おそらくは。
「流れ星のホップ=スターさん?」
「ご存知のようですね」
苦笑いしながら、ホップ=スターと呼ばれる日本人は言った。
「味方ですか?」
「きみがそっちに―」
倒れている統領を指差し、
「―付くならば、敵ですが」
「味方ですね」
ホップ=スターはにやりと笑ってうなずいた。
「きみはこの組織に、例の件を伝えてください。私は―」
服の裾を翻して、ホップ=スターはドアの前に立った。
「GUNからチャオを救い出してきます」
「ホップ……!」
須磨が気付いたように言う。
彼の戦友、ホップ=スターは、チャオのキャプチャー能力細胞を自ら移植を希望した、GUNの元幹部であったのだ。
「まだ生きていたんだね」
DXが感心して言った。
「チャオはあいつに任せよう。その間、俺たちは―」
パチッと動きを止め、鋭い視線で須磨を見、うなずいた某が、真剣な顔つきとなる。
「分断の準備だなぁ」
冬木が気の抜けた声でそういうと、四人はいっせいに動き出した。
カツ、カツ、カツ。
カツ、カツ、カツ、カツ、カツ。
パチン。
何の音だろうか。
空耳か?
それとも、私が殺して来た者達の、怨みを具現した音だろうか。
しかし、止める訳にはいかない。
GUNの壊滅がチャオの救出に繋がる。
カツ、カツ、カツ。
……?
もしかしたら。
彼、なのか。
須磨……本当の戦いは、これからなのかもしれない。
とにかく…、今はGUNを壊滅させよう。
『やっと、約束を果たす事が出来る』
須磨は、あの他のチャオとは一風変わったチャオを、今では詳しく思い出す事が出来ない。
ぼやけて頭に浮かべる事ならば、もちろん簡単だった。しかし、その詳しい輪郭や体の形などは、うまく思い出せない。
別れれば、次第にそうなってゆくのだろう。
それが、世界規模で早まっただけだ。
あいつは、言った。
『別れなんてものは一瞬で、そうなれば出会う前に戻るだけだ』と。
チャオと人間は出会ってしまわない方が良かった。
だから、この「別れ」は両者にとって幸せになるための「別れ」なのだ。
だが―と須磨は反芻する。
本当に、心底から自分は「チャオと別れるのが最善」と考えているのか?
分からない。
今はただ、約束を守るだけ。
二度と、犠牲なんて出さない。
「準備、完了だ」
パチッ。
暗い空間の中に、雪を思わせる光が溢れた。
それは手に届きそうで、届かない光。
目の前にあるのに、なにもない光。
これが、「面」…。
「須磨、門が開いていられる時間は三時間しかない。今が15時。もし失敗すれば、永遠に門を開ける事は出来ない」
某が補足する。須磨はすでに覚悟が出来ていた。
「チャオ・ゲート、開門だね」
DXが笑みを浮かべながら、須磨の言葉を継いだ。
「長かったけど、最後だよ」
冬木が手を止めて懐かしげに言うと、須磨の背筋に寒気が奔った。
何だ……?
何事かと喋りかけてくるDXを抑え、須磨は耳をすます。
……カツッ、カツッ、カツッ。
カツッ、カツッ、カツッ、カツッ、カツッ、カツッ、カツッ。
「いやはや、ご苦労」
唐突に声がした。
須磨本人が空中に止まっていた。
「須磨…!?」
「違う。須磨の姿をしている何かと見たけど?」
驚く某に、冬木が訂正を加える。
「なかなか鋭いなあ。しかし、僕が分からないというのは、少し考え物だね?」
その須磨の体が透けたと思った直後、水色に染まり、それは某の姿をとった。
「ここまでは、そしてこれからも、僕の筋書き通りとなる。文字通り、僕はシナリオライターだ。ただし、人間どもを死へ導くシナリオの製作者だけど」
「誰なんだ!!」
「誰、とはご無沙汰だな。きみの知っている通り、僕は僕だ」
それが、あいつの姿をとった。
薄れた記憶でも分かる。
あいつだ。
チャオだ。
「須磨、落ち着け。須磨!」
「違う……お前は、ただの、…化け物だ!」
恐ろしい形相の須磨が叫ぶ。不適に、その化け物が笑った。
「で、誰なんだ、お前は?」
某がえらく冷静に尋ねると、
「千八百十五万四千四百十五代目の守護神、CHAOS」