Violet Pen's 1

女性のように細い手で、彼はペンを持った。
妖しく紫色に光る、細長いペンを――――...





カツ、カツ、カツ。
突然、耳に異様な音がした。
若めに見積もって二十歳そこそこの男性は、世界一チャオの多い街の大観衆ホールの控え室で、静かに咳払いをする。
緊張して、耳鳴りを起こしたのかもしれない。しかし、今はそのような事を気にしている場合では無い。
立派なタキシード姿で壇上へ上がると、マイクを調節して、彼は話し始める。
「本日はお忙しい中、こんなにたくさんの方々に集まって頂き、誠にありがとうございます」
和田 須磨、18歳誕生パーティと題された会場の主役は一礼すると、大きく息を吸った。
「皆さんにお知らせがあります」
ざわめきが始まった。しかし、それはすぐに収まる。
須磨はその静けさに、かえって後ろめたさと緊張を感じ、一層決心を固くして、こう言った。
「人間とチャオの両世界を、元の二つに分断します。無論、チャオは元の世界に送り出すつもりです。そうなれば、今まで拾って来たチャオとの記憶は失われるでしょう。しかし、やらなければなりません。これ以上、チャオを悪用させないために、何よりチャオのために」
その声は、どこまでも遠く感じた。
そして、決別する。
中央街の小さな英雄は、一時を経て瞬く間に悪役と化した。



演説から一時間が経過していた。
人々は須磨の身勝手とも見える行動に対し、驚異的な団結を見せていた。
もちろん、チャオの意見も真っ二つに分かれたが、平和を好む彼らは何のアクションも見せる事が無い。
須磨はわずかに溜息をつくと、やけに重たいドアをそっと開けた。
機械で埋め尽くされた、闇の空間。
そこには、3人の仲間がいた。
「ああ、須磨、お疲れ様」
背の小さい少年が労いの言葉をかける。
「DX、一刻も早く計画を進めてくれ」
須磨は命じる。背の小さいDXは敬礼すると、すぐ椅子に座り、巨大な機械の一部を操作し始めた。
「某と冬木も、頼む」
「任せろ」
某と呼ばれた、須磨と同じくらいの歳であろう男は、様々な機械を手際よく起動させていく。
冬木は隅の方で、すでに仕事に取り掛かっていた。
「すまない、みんな……」
「何言ってんだ、須磨。お前らしくないぜ」
某が、作業しながら返答する。
「俺は、お前に付いて行く。何度も言わせんな」
「リーダーがちゃんとしないと、ダメだよ」
DXが励まし、須磨はうなずいた。

「反対組織の動向が早すぎる。多分、キャプチャーの兵器を失うのが怖いんだ」
冬木が淡々と喋り続けている。
「チャオを道具と見ている連中に騙されてる。本当にチャオが好きなら、チャオの幸せを考えてやるべきだよ」
そう思うだろう? と、冬木は誰ともなく尋ねた。
須磨は自分の志のため、犠牲となったチャオを思い出す。
自分を闇の中から救い出してくれた、唯一のチャオ。
あいつのためにも、頑張らなければならない。
「よし」
須磨は今日初めて、笑みを見せた。



「チャオを失う事は、我々にとって、とても悲しい事です。チャオにとってもそうであるでしょう。無理に変えずとも良い。ありのままを続けていくのです」
反対組織の幹部であるチャピルは、自分の言った言葉を何度も反芻していた。
果たして自分のやっている事は、正しいことなのだろうか?
チャオが兵器として導入されつつあるという事を、チャピルは噂に聞いている。もし、もしそれが本当ならば……
チャピルは偽名だった。自分が育てたチャオの名前だったのだ。
あの本当のチャピルなら、どのように判断するだろうか。
あの天才なら、どう自分を導くだろう。カツ、カツ、カツ。
コトン。
チャピルははっとした。どこから音がしているのだ?
回りを見る。ただの会議室だ。
何の音だろう?
チャピルはもう一度狭い会議室を見回して、棚と棚の隙間から、紙の角が突き出ているのを発見した。
恐る恐る、手にとって見る。
その印字された紙に書かれていた文字は、


「チャオ改造計画」


どくん。
心臓が弾けるように鼓動した。
―チャオのキャプチャー能力を発動する細胞を採取、集結、移植させ、進化させる。その進化した細胞に機械を吸収させる。驚くべき結果が出た。なんとチャオがその機械を何のリスクも無しに扱う事が出来たのだ。いわゆる、生物兵器であった。
ぱらぱらと、ページをめくっていった。
驚くべきデータが、そこに載っていた。
……去年で150匹のチャオが実験に使われた?
ふと、本当のチャピルの姿が脳裏をよぎる。
まさか。
最後のページに、GUNと記載してあった。
チャピルは自分の間違いを責めた。
知らせなければ。
「どこに行くのだね? チャピルくん」
しまった――と思った時、再びあの音がした。
カツ、カツ、カツ。
ところが、チャピルが銃を突き付けられると、音が止む。
「私たちの計画にウイルスは必要ないのだよ」
軍服に身を包んだ反対組織の統領は、引き金にかけた指に力を込める。
銃声が響く。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第280号
ページ番号
1 / 5
この作品について
タイトル
Violet Pen's
作者
ろっど(ロッド,DoorAurar)
初回掲載
週刊チャオ第280号