6 二部
二部―6…MBS特殊部隊…
「全員、手を挙げろ!」
僕の耳に、そんな声が聞こえてきた。それは空耳のようで、彼らには届いていない。
しかし、空耳ではなかったらしい。なにやら外が騒がしい。
「ん?何だい?」
「向かい側は銀行だったな。強盗か何かだろう。」
「無視を決め込むのが道理だね。」
という、至極最もな意見に、しかしスペルは反対した。
「人質に取られているんでしょう?助けに行かなくてどうするんですか!」
「え…。」
「む…。」
自分たちより小さな彼に先手を切られ、喫茶店を飛び出した。
銀行は比較的規模の大きい方である。警察は未だ来ていないようであった。
左手の遠くに、パルアの姿を見つけたスペルは、彼女を巻き込まないよう、配慮した―
つもりだったが。
「スペル!大丈夫!?」
来てしまった。
「僕は。とりあえず、パルア、きみは…。」
「助けに入るんでしょ?任せておいて。」
「え?ちょっ…」
…と、という前に、パルアは奮迅、一転して「魔法」を即座に発動してしまう。
この場合、事は隠密裏に運んだ方が良い。何といっても、相手は複数らしいのだから。
だが、パルアの「魔法」はそんな事情を覆すほどの、見事な「魔法」だった。
「魔法」とは、オリジナルの「魔法」式で無い限り、陣を組むことで成立する。
ところが、パルアは不思議な文字列の呪文を並べただけで、
「戦列の戦乙女・希望の震天・老公よ、大地を突け!」
何を言っているか、スペルは愚か、両翼の二人にさえ分からなかったが、それでも、
威力はとてつもなかった。
銀行の建物の壁と言う壁を「消し」、犯行グループは茫然となった。
「な、なんな…なな…!!」
「何が起こっ…!」
「て、てめえらの仕業かっ!?どこのもんだ!?」
一時、スペルは何と答えようか迷ったが、とっさにこう答えた。
「え、MBS…。」
ただ単に、マジリアース・バトル・セレンツィアを英頭文字にしただけであるが。
それでも、相手に向けて不審な印象を与えるには充分だった。
「MBS…?」
「何だそりゃ?」
「サバラーク・トランス!」
「エイジック・トランス!」
両者必撃、両翼の二人が「魔法」を唱えると、犯行グループは巨大な泡に囲まれた。
二陣魔法とはいえ、この威力と強大さに、スペルはわずか羨望する。
「な…白魔導師!?」
「僕らはMBS特殊部隊と名乗るものでね。都会では有名なはずだが、三流の強盗には分からないかな。」
「法の名において、貴公らを裁く。」
〝睡魔〟の呪文が上乗せされ、彼ら、犯行グループ複数は、深い眠りについた。
そして、「魔法」を維持していたパルアが、それを解く。
壁が元に戻った。周囲から歓声が起こった。
「ふむ。それがキミらの世界の「魔法」か。興味深いね。」
「こちらのは勝手が違うんですね。初めて知りました。」
「授業で聞いてなかったの?」
先程の喫茶店で、周囲の目を憚ることなく会話する彼らは、
どうやら別世界の「魔法」について、話しているようであった。
警察が来て、感謝状を渡したいの一言を「却下」の一言で返したカーレッジは、
「イ―スペル。よく口からの出任せを思いついたものだな。」
「余計でした?」
「いや、我らの正体を隠蔽し、表面だけの行動としてあれほど有利な名称は無い。」
「ただ…。」
双葉が暗い表情を装って言う言葉の続きが、スペルには分かったような気がした。
もちろん、気だけではなかったが。
「MBSとは、なんだい?」
「マジリアース・バトル・セレンツィアです。」
「ほう、「魔法大戦」か。出場するのか?」
いたって普通げに頷くスペルの返答に、両翼は少したじろぎつつも、
「そうか」という返事だけした。
だが、その続きとして、双葉はこういう。
「だけど、気を抜いてはいけないよ。」
「どうしてですか?」
「大して危険ではない、って言ってましたけど…?」
「キミは、重要人物だからね。知る人ぞ知る、そういうヤツさ。」
そこで、僕は不意に思い出した。
スペルを重要人物として扱い、スペルの能力を狙う団体…。
黒側。
「分かりました。気をつけます。」
「うん。頼むよ。それじゃあ、僕らはこれで。」
「また会おう、〝賢者〟、そしてパルア=イフォーリア。」
「はい。」
“右翼”双葉はにこやかに、“左翼”カーレッジは普通に、その場を去った。
スペルも、パルアと共に、帰路に着く。
数多の疑念を、胸に秘めて。
「アレが、イフォーリアの末裔か。」
「ええ。依頼料は示した通りです。事故を装って頂ければ。」
「フン。回りくどいな。」
どこかから、そんな声が聞こえてきた。
新たな刺客とでも表現すべきだろうか。さては。
それとも、空耳と断定するのが幸か。
「そういえばさぁ。」
「何、パルア?」
帰路の途中。
「レイユさんって…。」
「レイユがどうかしたの?」
抜けているパルアが、的確な意見を述べる。
「スペルに惚れてるの?」
「はわっ!?」
どこかおっちょこちょいな彼女であった。