6 一部
かなり上がっていた。
「は、は、初めまして!」
かなり上がっていた。
「パルアです!よ、よろしくお願いします!」
かなり上がろうとしていた。
「あのぉ、レイユ…?」
「あなたねぇ…ええ?言い訳は聞かないわ。天の果てまで飛ばしてやるから、覚悟なさい。」
「ぼ、僕は別に、好奇心があって、「魔法大戦」っていうのに参加してみようかと」
陽は、そろそろ頂点に昇ろうとしている頃合だった。
『運命 の 十字架』
THE DESTINY CROSS
6…MBS特殊部隊…
「うぅ…。」
今にも泣きそうな雰囲気で、下校時を「過ごしている」のは、他でもない。
あの貫禄を漂わせていたはずの、力強い意志とその冴える思考の持ち主。
スペル=イフォーリア、であった…が…。
「大丈夫?」
パルア=イフォーリアに話しかけられて、引きつり気味の笑みを返す彼。
その彼がしょんぼりとしている理由は、否、疲労困憊の理由は、今朝にあった。
彼は、性格から、自分の実生活の辛さ、苦しさを味わってきた事から、人を傷つける事を好まない。
昨年から共に過ごしてきたレイユ=パーディソンなる女傑(と呼ぶように言われていた)と、友人であるフリア=ダーメイトは勿論のこと、
まるで家族のような存在のルーン=クエイトも理解している。
故に、スペルの「魔法大戦」―参加には、何らかの理由が必要と思われた。
レイユは見かけの性格よりも、ずっと頭脳明晰で冷静である為か、即座に見抜いてしまった。
おどおどとした巧言に惑わされつつ、レイユは強硬手段(殴る)に及び、しかし、スペルは好奇心だけだと、自我を通したのである。
「その、「魔法大戦」っていうのは、そんなに危険なの?」
「特に危険とは聞いていないけど…。」
「なら…なんで彼女、あれほど怒っていたのかしら?」
本当に分かっていないらしい。
最も、わずか一日という期間しか共にいないスペルの洞察力からすると、
「結構、おっちょこちょいなところがあるよ。」
という事であった。
昨夕、路上に倒れ伏せているところを、彼が助け、匿ってから―そう、一日が経っている。
「まあ、それより、これから行きたい所があるんだけど、良いかな?」
「構わないけれど…?」
着いた場所は、病院だった。
夢の事―様々な情報をスペルに伝えると、彼は帰りに寄って行こうと言った。
しかし、
「本日休院…。」
「ここ?」
「そうだけど…仕方ないね、帰ろう。」
と、振り向いた視線の先に。
「やあ、スペル。元気そうで何よりだよ。」
「初見を披露する、〝賢者〟よ。」
夢の内の二人、正確には―
双葉病院長と、カーレッジ=ビリーが、立っていた。
「両翼のお二人ですか?」
バカ丁寧な口調で話すのは、もちろんスペルである。
“左翼”カーレッジ=ビリーと、“右翼”双葉は、そんな彼の様子を微笑ましく思う。
「そうだな、うん。」
「あの…。」
緊張するパルアに、大抵の事情も説明していないので、スペルは当たり障り無く話す。
主人の仲間である事、十翼と呼ばれる集団に加盟していること、など。
飲み込めたパルアは、しかし緊張を解かず、
「それで、イフ―」
「あっ!そうだ。今日、家にフリアが来ることになってるんだけど、僕は行けないっ伝えてきてくれない?僕の家に居ると思うから。」
「うん。良いよ。」
素直に頷いた彼女は、そそくさと病院前を後にした。
その慌てぶりに、深刻さを理解すると、彼らはこういう。
「ここで話すのも難だな。喫茶店に行こう。」
「…という訳でして、パルアには伝えないで欲しいんです。」
「ふむ…構わんが…。院長。」
「〝イフォーリア〟はとっくに亡くなってる上に、そもそも別世界なんてものは聴いたことが無い。」
不審げな顔つきでそう言う双葉は、どこかいつもの気楽さを失っていた。
初対面となるカーレッジも、いつもの事なのかもしれないが、気楽ではない。
…イフォーリアに因縁でもあるのか。
「話しても良かろう?」
「もちろんだよ。」
彼は聞きたい…という意志よりも、それを訊いていいのか、そんな表情である。
その心持を感じ取ったか、双葉は微笑んだ。
「〝イフォーリア〟とは、かつて世界をおとしめた一人の男の―愛人の名だ。」
「名は訳あって口に出来んが、そうだ、男だ。お前の主人が、努力のすえに倒した。」
「その愛人の名前が、イフォーリア…?それを名付けたのも?」
一瞬、二人して顔を見合わせたのを、スペルは見逃さなかった。
「実際、そこのところは良く分かっていない。キミは、物心付いた時から、自分の名前を知っていたかい?」
「ええ…はい。」
「その愛人も、そうだった。物心付いた時から自分の名を知っていたんだ。名を―」
イシュール=イフォーリアという。双葉はそう言った。
「亡くなる直前、キミの主人が聞いた言葉は…〝これがイフォーリアの使命なのだから仕方ない〟…」
使命。僕はいまいちピンと来なかったが、スペルには違う感想があるようだ。
そうだ、使命…本能が、そう唸っている。うねりを連ね、なにやら答えを生み出す。
しかし、そこで途切れる。
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