5 二部
二部―5…訪問者…
カーレッジ。確かにそう聞こえた。
という事は、この中年の華奢な、白髪交じりの男性が、紺のブラウスを着ている男性が、
「“左翼”、カーレッジ=ビリー。こちらに戻った。」
だという事だろうか。
―全てに措いて、時だけが早々と過ぎ去る―
―それは、必然という言い訳の、運命であった―
「大丈夫?」
夢から現実に引き戻される。
僕の意識は、もっぱらスペルの視界の先に集中させられた。
〝一輪の花〟と、先に形容したその容姿は、ルーン=クエイトなる少女とは、どこか違う、神秘的な雰囲気が勝っている。
雨の後に、雫を垂らす紫陽花のようだった。
「え、ええ…」
肯定して、起き上がろうとしたところを、
「ここは、どこでしょう?」
という質問に変えた。
「僕―んー、「魔法」専門学院の周辺地域だよ。」
「…。」
俯いてしまう彼女だった。
実際、「魔法」専門学院といえば、王都の近隣という事からも知名度は程々のはずなのだが。
僕の心配をよそに、スペルは、
「どこから来たの?」
「…信じてもらえないかもしれませんけれど…。」
と、前置きして、
「日本から来ました。」
「…。」
僕は感付いた。
知っているからだ。
そうだ、僕もそこから来たはずだった。
いつの間にか、という事は忘れた。とっくの昔に。
意識の流れの内に。
彼女は、日本から来た。
この世の中の地名に、日本は無い。
「…それって、どこ?」
「北半球にあります。」
「キタハンキュー?」
「はい。」
恥ずかしそうに頷くと、続ける。
「こちらに来てから、日本って国が無いそうなんです。」
「…こちら?」
「遂にケルビムの一味―といっても分からないでしょうけど―を追い詰めた矢先に、黒い塔みたいな…そんな光に飲まれてしまいまして。」
スペルは、観念したか、僕に助言を求める。
(どこだろうね、そこ。)
(僕の故郷さ。本当にあるよ。)
(じゃあ、真実かな。)
驚いた。スペルは全く動じて居なさそうだから。
それを伝えると、
(ははは。僕の主人がそんな事を言ってたから)
と、返された。
導かれた、答えは一つ。
「ここは、この世界は、どこですか?」
こちらとあちらは、どこかで繋がる。
世界は、二つある。
これぞまさしく、僕の求めた「冒険」であった。
一通り、説明し終えるまでに、そう大した時間はかからなかった。
こちらの世界の事を伝え、相手に事情を訊ねると、
「トップシークレットです。すいません。」
何かの…組織か何かのスパイだろうか、そう仰せられた。
迷惑になると出て行こうとしたところを、心優しいスペルが止める。
「いえ、でも、」
と、謙虚にも首を横に振る彼女に、スペルは、
「みんな一緒の方が楽しいよ。僕―」
彼は相手が信用できるかどうかを確認し、確信した後、
「―の意識…っていうのかな。の中にいる、住む?…人の故郷も、日本って土地なんだって。だから、僕のパートナーを助ける為にも、君の助力を得たいし。」
遠慮する彼女に対して、しぶしぶ同意させたスペルであった。
実のところ、この策の提案は、僕がしたものではない。
スペルいわく、「困っている人でもチャオでも、放っては置けない。」らしい。
僕もしぶしぶ同意した。何せ、僕は疑り深いから。
でも、スペルの「特殊能力」からすれば、信用出来るであろう。
―一晩去った。
「私は、諜報活動を行いたいのですけれど。」
「それなら、学院が良いよ。」
という話し合いの結果、なぜか彼女を学院に入学させる事にした。
転校生と言う事で。無論、スペルに権限は皆無である。が、
「任せといてよ。」
彼の自信は偽りとは違う。何とかなるだろう。
さて、話を逸らしてきた。真実を明かそう。
彼女のファーストネームは、パルア。
そして、セカンドネームは、イフォーリア。
スペルと、同じであった。
故に、彼女は重大な手掛りであった。
彼のセカンドネームは、未だ明かしていない。
「どうやら、院長にも有給休暇は取れるらしい。」
「当然だ。“右翼”ともあろう者が、実の仕事を怠けては困る。」
「相変わらずだね。…さてと、メンバーが揃ってないけど、始めようか。」
「ム―〝マジリアース・バトル・セレンツィア〟か。」
「長いよ、君。若者―ではないか、だとしても、略称は知っておかないと。」
不意に、どこかから声が聞こえたような気がした。
「「魔法大戦」」
「―の、参加を糧に、その、パルアってヤツを転入させたってのか。」
「そだよ。」
教室で、スペルとフリアの会話が、「魔法大戦」についてだ。
内容は知らないが、「魔法」の競技のようだ。
今までスペルが、「とある事情」から、それを避けてきたのは知っている。
朝休み終了の鐘と同時に、転校生はやって来た。
「今日は、転入生を紹介する―」