5 一部
―我は若くして世を去り―
―我は若くして世に出た―
眠気を誘った言霊の上に重なり、僕の体が突然動いた。
不意と、動いた体を見てみる。
そこには、何も無かった。
…違った。
何も無いように見えたというだけで、実際はあった。
そうであったのだ。
いつしか僕は、遠い世の中からやって来て、遠い意識の中を旅立った。
そして、スペルの意識の中にやって来た。
この現象は何だ。どうなっているんだ?
僕の疑問に答えてくれたのは、夜中まで会話していた彼だった。
「きっと―神様だよ。」
『運命 の 十字架』
THE DESTINY CROSS
5…訪問者…
―この地に出でた我の存在は、小さいモノ所以―
考えても分からない事は考えない。
僕流の、解決方法であった。
…それを、能天気とか、甘く見すぎとか、良く言われたものだけれど。
同じくしてスペルも、僕と気が合った。
「そうだね。まずは、これからの事に目を向けてみよう。」
前向きである。次いで、頭も良く、強かった。
こんな小さな〝チャオ〟が、万力の意思を持っているとなると、人間もうかうかして…。
そんな事を思いながら、玄関のドアがぱたりと閉じた。
―世界を動かす夢は潰えたモノと思われた―
昨日の放課後に行われた、フリア=ダーメイト、及び、ルーン=クエイトによる(ルーンとは、スペルの主人との知人、もあって、小さい頃からの友であり、スペルの理解者だという)会議が開かれた。
もちろん、僕からスペルに念を押して。
(レイユには気付かれない方が良いんじゃない?)
(そう…だね。心配かけるのも悪いし。)
結論として、「現状に注意を払う」となった。
―弐つの激突の内側…そう、これは―
「おはよう、フリア。」
「おっす。」
笑顔で挨拶を交わした後、学院、2−1の恒例となっている、対決が始まる。
いや…。
「スペル!何であたしには挨拶しないのよ!」
「え、ええっ!?」
一方的に、レイユ=パーディソンが、スペル=イフォーリアに対し、文句を放つだけ。
―…戦争であった―
冷酷冷淡優等生の“三本角”(俗に言うところの、シャドウチャオ)が立ち上がったところで、学院の一日は終わった。
通常と何ら変化の無い、むしろ普通過ぎるとさえ言える一日だった。
それもそのはず。
黒側と白側、両側とも、接触がなかったから。
放課後に来るとは、あまり考えていなかったのである。
それもそのはず。
会議の結論…正確にはルーンの知識によると…。
「彼らは夕焼けを好まないらしくて…。」
本当に〝らしかった〟。
しかし、それも現実としてみれば、ルーンが間違っていたことは無く、正答と思う。
だから―
―天に煌く翼の雄叫びを耳にした時、我は全てを疑った―
―帰路の路上に、〝一輪の花〟が…そう、称するしかなかった。
その、頭に桃の椿を飾るチャオが倒れていた事には、胃が抜け落ちる程、驚いた。
「だ、大丈夫ですか?」
―神懸りとさえ幻視する「魔法」の杖を、一振り、また一振り―
「死んでるように見える?」
どことなく喋ったのは、スペルが薬物中毒者という訳ではない。
僕、いわば、スペルの中にいる存在に話しかけているのだ。
(ううん、気絶じゃないか?)
「とりあえず、家に運ぼう。」
(罠かもよ?)
「倒れてる人―女の子を放って置けない。」
偉く真剣な目つきでそう言われてしまっては、太刀打ち出来なかった。
―我が世界は紅、あるいは空、あるいは紫、それらを集結させし黒に、染まった―
―そう、
「今の、この黄昏のように。夕焼けのように。」
―古き友と再会を果たす為、私はここへ辿り着いた―
僕の意思は、時々眠る。
眠る…その言い方が、一番正しいと思う。
スペルの意識体から、一時的に外れ、別の場所を、第三者の目から監視するような…。
監視カメラ、防犯カメラ、その中にいるような…。
身動き一つ取れず、体の感覚も薄く、走ろうと思っても進まないような…。
夢みたいな世界だった。
だから、もちろん、これも夢に過ぎないと思っていた。
病院の一棟、そこに、一昨日出会ったばかりの、双葉がいても。
話を、聞くまでは。
「やあ、“左翼”。もう何年になる。」
「“右翼”と見るが…呪術師ではあるまいな?」
「暗黒の奴らと一緒にしないで欲しいね。」
双葉は右手を優しく振り払うように、また、埃を追うようにして、空中を這わせた。
緑色の翼。うすらぼんやりと、暗闇の中、ろうそくのように光った。
「…ふむ。3年ぶりだな、院長。」
「その呼び方はやめてくれないか?虫唾が奔る。」
「すまない、双葉。私はどうしても、ああ、どうしても、冒険者としての心意気が抜けなくてね。」
「放浪癖は治ってないな。相変わらずじゃないか、カーレッジ。」
もう一人…別の方の彼は、中年の、華奢な男性であった。
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