4 二部
二部―4…主人…
「ええ、未だに意識は戻っておりません。ご家族の方もいらっしゃらないようなので…。」
どこだろう。そう思ったのもまるで同時な事に、僕も、スペルも驚いた。
一心同体とはこの事だ。しかし、僕は表に出ることは出来ない。何だか夢の中にいるような感覚でもある。
「どうやら、意識が回復したようです。大丈夫ですか?」
眼鏡をかけた、人間の女性が目の前にひょっこり現れたので、スペルは飛び起きた。
そうだ。病院だ。白いシーツのベッド。傍らに置かれた花。
そして、看護師。
「あ、はい。平気です。」
「ちょっと待っててね。今、先生呼んで来るから。」
「はい。」
そういうスペルは、どことなく落ち込んでいる。僕だから分かる。
何が原因だろうと、心の中で尋ねてみた。すぐ答えは頭の中に返ってきた。
ルーイン・デ…何とか、イービル・クライム。主人から教わった「魔法」。
それが、いとも簡単に、悪者のようなあの首領に、破られた。だからだ。
仕方ないと、僕は思った。スペルは未だ子供なのだ。
「キミがスペル君だね?」
出てきたのは―年老いた白髪の老人を想定していたのだが―違った。
若い好青年だった。瞳には独特の鋭さがあって、野心家を思わせる風貌でもある。
「はい。スペル=イフォーリアです。」
「何と言う偶然かな。キミがこの病院に来てくれるなんて!」
突然喜び始めた。
「えっと?あの?」
「ああ、僕は双葉(ふたば)。一応、医者だよ。キミの事は、キミの親から良く聞いてる。」
「親?親はいないんですけど…。」
「言い方が悪かったね。主人から。僕は、キミの主人のお仲間さ。」
驚きという感情が混みあがってくる。
過去の記憶をまさぐって見ても、主人の知り合い、もしくは友人、親戚すら訪ねて来た事は無かった。
今の今まで、主人の関係者には会った事が無かったのだ。
「え…?」
「キミの主人には多大な世話を焼かされていたよ。世話にもなったけどね。」
「本当ですか?」
「ああ。彼の異名―フェーマ・マジシャンを誰が言い始めたのかも分かるし…そうだね。キミの主人は何に加盟していたか、知っているかい?何と呼ばれている集団に加盟していたか。」
「ええ、はい。」
『十翼』と、スペルは言った。
その団体は、以前に世界を救った10人の集団で、実体は不明とされている。
だが、主人はその中でも、ずば抜けた人気と実力を持っていた。
僕には分かる。あの杖のお陰だろう。
「僕もその1人だ。『十翼』―“右翼”と呼ばれていたかな。」
「“右翼”…聞いたことあります!あの人から!」
「そうか。キミに僕の話を…。光栄だな。」
苦笑を浮かべながら、双葉は付け加えた。本当に知り合いらしかった。
悪者も言っていたじゃないか。スペルには人の本質を見抜く能力があると。なら、虚言はすぐに分かる。
「それで…あの人は生きているんですか?」
「恐らくね。僕らも、この、2年ぶりに乱れて来た世界を正す為、活動しているが、彼だけが行方知れずなんだ。」
10人の団体で、実体不明と言っていたが、果たして、その人数でどのくらいの力を持ちえているのだろうか、気になった。
10人だ。僕のいた世界での話になるが、ロボットが地上を侵略しに来た時、ロボットの数はそれより五桁多い。
それでも、英雄には勝てなかったのだ。10人では救える世界も救えないのではないか。
「キミには不思議な力があると聞き及んでいるよ。」
「例えば、どんな?」
「人の心を見抜いたり、若くして「魔法」の才能を発揮したり、彼が5年かけて会得した“崩壊の呪文”を、ものの3日で修得したりね。」
“崩壊の呪文”―ルーイン何とかの事だろうか。
「そろそろ時間だ。体調は見る限り良好だから、無事だろう。夜には退院出来る。」
「あの…。いつでもここにいますか?」
「僕の仕事場だからね。キミなら歓迎するよ。じゃ、お大事に。」
ほんの数分と経っていないような気もするが、ろくに仕事もせず、双葉は去って行った。
『十翼』。1人は医者で、1人は天才で。
他にどんな人達がいるんだろう。僕はちょっと興味を惹かれた。
翌朝である。
「スペル!何で昨日は休んだのよ!」
「い、いやぁ。と、というか、朝から元気だね、レイユ。」
学校。その教室であった。見慣れて来た2−1は今日も平和だ。
フリア=ダーメイトの姿を発見すると、スペルは一目散にレイユを交わし、駆けつける。
「フリア。おはよう。」
「おう、スペル。大丈夫だったか?あん時は、すまねえな。」
「平気だよ。僕はね。ちょっと疲れちゃって。」
「話は放課後にな。聞かれっと厄介だろ?」
頷いて、スペルは自席に着く。レイユの騒音とも言える声が耳に入るが、全くを以って情緒は安定していた。
理由は、双葉と言う医師にあるのだろう。僕の予想は的中している事100%だ。
1時限目の鐘の音すら、効果音に聞こえるくらい、彼は高揚していたのだから。