4 一部
「ルーイン・デ・アーク・ミゼリアム…イービル・クライム!」
彼の右手から放たれると思っていた重力波は、突然の様に地上へ吹き出す。
フリア=ダーメイトは困惑し、圧迫されるほどの、大きな魔力に感心するだけであった。
そして僕、そう、スペルの「中」にいる僕は―
―敵の防御魔法を、目にした。
黒い柱の壮烈、それがひび割れ、砕け散る。その様子は、ガラスが割れるのとまた、同じだ。
“風の浮遊ボード”に乗っていたスペルも、地上へ降りる。
…並大抵の相手では無さそうだ。僕と彼は、同時にそう思った。
『運命の十字架』
THE DESTINY CROSS
4…主人…
悪人の雰囲気を漂わせる、その男…見覚えがあるらしいのは、少なくともここにはいない。
若い。あまり歳を取っていない、といった方が近い。
「魔力は大したものだが…その詠唱のクセと、発音…。本当にヤツの弟子らしい。」
「や、ヤツ―?」
「かつての“十翼”…その長、本名すら知られておるまいが、そいつをこういう。」
閃くものがあったのを、僕は意識のうちで見逃さずにいたのだ。
そうだ。彼の主人の映像が、意識内に広がっていく。それは、まるで、絨毯にシミとなり、広がる水のようだった。
“十翼”を、僕は知らない。むしろ、知りたくないような表現すらある。
だが…彼、スペルは、知っていたのだ。記憶として。
そして、主人の『もう一つの名』も。
「Phenomena=Entire=Magician―フェーマ・マジシャン。そう呼ばれてるのを知っているだろう?…スペル=イフォーリア!」
「ぼ、僕に用でもあるんですか…?それとも、…あの人に。」
「貴様を捜索したのは他でも無く、貴様の中に秘められし古の「魔法」を手に入れる。そのついでに、フェーマの魔導師を味方に付ける。」
「あの人はいません!それに、僕は普通のチャオです!白魔導師です!あなたの仲間には…なりません。」
僕には見えた。目の前の悪人が、どのような感情でスペルを見ていたか。
同じく、スペルがどのような感情で、悪人に向けて叫んだか。
その2つを知るのは、世界広しと言えど、僕しかいない。
別の―別の人物の面影を、スペルに重ねているようだ。
「そう簡単に、フェーマが死すと思うか?我が三人衆を打ち破り、私に十字の呪術をかけていったヤツが?」
「頭。“旱”も大分、痛手を負ってしまいました。今日のところは…。」
唯一の女性が、提言すると、頭である悪人風の男は、嘲笑した。
「スペル=イフォーリア。いずれ再び、貴様は私の前に合間見える。」
「誰が見えてやるか。僕は二度とあなたとは会わない!」
「会う。確実にだ。白魔導師の軍と黒魔導師の軍の狭間に位置する限りは。」
何事も無かったように、目前の惨劇図は、消え去った。例え、広大な範囲に及ぶ消滅魔法でも、ここまで綺麗には消せないだろう。
終わった。フリアは未だ呆然としているが、真夜中から戦闘のせいで、疲れているのだろう。
授業開始の鐘が、鳴り響く。スペルは、どさりと倒れこんだ。
僕と分離するように。
「ふう、やっと見つけたぜ…フェーマ・マジシャン!」
「ん?」
傍らから見ているような、暗い路地。そこに立つ、2人の人間。
1人は、言わば柄の悪い少年で、その身に似つかわしくない大きな剣を持っている。
もう1人は…フェーマ・マジシャンと呼ばれる…そう、主人。
後姿だから表情は見えないが、声は低かった。結構な歳なのだろう。
背丈も高く、身の丈の杖を持っている。杖の先には、大きな輝かしい宝石。
「お前の…を…」
「悪いが、出来ない。」
「ふざけるな!」
すると、何とまあ、柄の悪い少年が滑って転んでしまった。
足元に石がある。滑ってではなく、つまずいて、らしい。
「ふっふっふ。俺に逆らう勇気があるのは、それはまあ、すごい事だ。」
「な、な…てめえ!」
「地に這ったまま剣を振るうのは難しいだろう?」
「俺は…魔導師だぞ!てめえもそうだろうが!」
「生憎と、俺は元より「魔法」等と言うのを嫌っていてね。使う「魔法」は僅かなのさ。」
杖を振り上げて、フェーマ・マジシャン、主人はぶつぶつと唱え始める。
「魔法」専門学院での講義の最中、呪文詠唱の意味を教師が語っていたが、どうやら呪文の意味はその文字列で、地に流れる悪魔の血の流れを呼び起こすモノ…らしい。
「ルーイン・デ・アーク・ミゼリアム…イービル・クライム!」
「な、何の「魔法」―!?」
気が付けば、柄の悪い少年は気絶し、闇の手に絡め取られていた。
主人が発した「魔法」は、スペルが放った「魔法」…それと、全く同様のモノだったのだが、何ゆえ呪縛されたのか。
簡単だ。おそらく、主人は呪文の詠唱が異なったとしても、多種の「魔法」を使うことが―
「さすがだな、この杖は全く…。また会おう、少年。」
違ったようだ。杖、その力。振り向く主人の姿は…。
二部へ。