2 三部
三部―2…追跡と警告…
それからアパートに帰って、高層住宅をしばらく見つめていたスペルは、お隣さんが話しかけてきているのにも気が付かなかった。
「おーい、スペルくーん?スペルくーん!」
「あ…えっ?えっと?」
「大丈夫ですかぁ?」
くすくすと笑いながら彼を見るのは、アパートのお隣さんにして、「魔法」専門学院上級生の方である。
つい最近までは、よく料理を頼んでいたらしい。最近は忙しいらしくて、晩飯は直伝された料理を自分でしている始末だけども。
「あ、リア?ごめん、ちょっと考え事してた。」
「本当に、気を付けてくださいよー。こんな時に不審者でも襲って来たら大変じゃないですかー。」
彼女の言動には時々驚かされる。「不審者」という単語に反応してしまわないように、スペルはあえて気にしないように心がけた。
「リアはどうしてここに…って、僕が玄関先にいる方がおかしいよね。」
「うーんと、これから出かけるところです。それじゃあ、本当に気を付けて下さいね。」
「うん。分かった。」
別れの言葉を告げてから、リア…フルネームで、リーリア=ベアルなる少女を見送った。
彼女はどうやら、かなり忙しいらしいが、親はいないということは分かっている。
そんな事からか、よく面倒を見てくれるので、スペルは信頼しているのだ。
住宅を見つめ続けていたせいか、夕日の明りのお陰で目が霞む。急に眩しく見えた気がして、スペルは家に入った。
「ふう…。色々あったなぁ、今日は…。」
電話のベルが鳴っていた。慌てて近寄って番号を見ると、見覚えのある番号。
はい、もしもし…と電話に出ると、その声はフリアのものだった。
「もしもし、俺だけど…。あぁ、スペルか?」
「うん。フリア?どうしたの?」
「ああ…不審者の事だけどな、詳しい事は明日話すけど…何か、規模がデカイらしいから、充分に気をつけろ。いいな?」
「うん。って、その台詞を言う為だけに?」
「まぁな。あんまりにも母さんがうるせえからよ。」
別れの言葉を…今日は何度目になるだろうか…告げてから、スペルは受話器を置いた―瞬間に、再びベルが鳴る。
散々だな…とか思いつつ、スペルは番号を確認。見たことありそうで、ないような感じのするその番号に、どこか違和感を覚えた。
そんなに僕が弱いと思われているのかな、とも思って、少し腹が立ってもいたのだが。
「はい、もしもし。」
「…スペル…スペル…?」
「え…?そうですけ……」
ルーンの声だ。…あぁ、この番号はそういえば、クエイトの家の番号だったな、と安心する。
唯一の悩みを話せる友達は、ルーン=クエイト当人しかいないのだから。
彼女の家には驚く程の書物がある。その中に、『運命の十字架』に関する書物が無いとは思えず、更に言えば、僕の目的が、亡き主人の夢を叶える事だとも、予想出来なくはないだろう。
「大丈夫なの?怪我は?」
「平気だよ。ちょっと疲れたけど。」
「良かったぁ…。」
本気で安心仕切った脱力する声で、どう慰めたものかとスペルが戸惑っていると、
「『運命の十字架』関係でしょ?」
「うん。らしかった。僕が…なんか関係あるらしいけど。」
「調べて見たの。「不審者」について。」
「本当!?」
「でね、明日休みでしょ?会える?」
「あれ…休みだったっけ?」
というスペルの天然を悉く身に染みているルーンは、明日の朝に落ち合う約束をして、電話を切った。
スペルとしても、嬉しいことこの上ない。『運命の十字架』…その書物を全て持ってきてくれるというのだから。
読書好きに加え、『運命の十字架』に関しての書物は1つでも多く欲しいと思っていたところ。
高揚する気分に添えながら、空腹も徐々に深まって行くのが、スペルには分かった。
―どこか、暗い表情を浮かべるその姿は、大きさから言って人間のモノである。
たった今、スペルは睡眠中で、その屋根の上に、「僕」の視界に写る姿は、訝しげな雰囲気を漂わせていた。
企みを持っているようだが、悪そうでは無い。
「…式神を付ける必要がありそうだな。」
呟いた男の表情には、悔やむ表情さえ見える。
青白い光が辺りを一瞬だけ、月明かりと共有する様に、照らす。
「スペル…。どうか、生き延びてくれ…。」
本気で―本心から、心の底から、そう言うのが、眼に見えて分かった。
やがて、その姿は暗闇へとかき消され、そこに残ったのは青白い光そのもの。
屋根から光は、物体を貫通して家の中に入る。
―「魔法」の一種かな―
僕は暗闇を見つめながら、そう思った。
目覚めた。突然に。
起きたのは午前の早く。丁度、エイプリルフールと呼ばれる時間帯だ。
「うーん…未だ眠いや…。」
わっと気付いたのは、それこそ夜中に見えた青白い光だった。
ぽうっとする、ぼやけた光は、スペルにすっかり懐いてしまった、という言葉が填るように、旋回する。
何なのかな…と、スペルは疑問符を頭上に、呟いていた。