2 一部
不思議な事に、休みの日でも無いにも関わらず、更に遅刻もしていないのに、スペルは路上を走っていた。
先日と同様に、書斎で読書をした後に、学院へ向かおうと家を出た直後から、この調子なのである。
鞄を重たそうに下げながら、後ろを振り返ったスペルは、「脅威の存在」を確認して、一所懸命に駆けて行く。
…その後ろには…。
「待て!」
と叫ぶ、いかにも悪役と言って良さそうな、その言葉の当てはまる事この上無い、黒服のチャオがいた。
『運命の十字架』
THE DESTINY CROSS
2…追跡と警告…
「(何だろう…?何か黒い子だなぁ…?)」
今朝、遅刻しないように家を出た、レイユ曰く、「天然ボケ」は、アパートの玄関先から見える高層住宅の2階に、身を隠すようにしているチャオを見つけた。
もちろん、スペル本人に彼のような怪しいチャオと面識は無いし、第一、彼からは黒魔導師とも思われる雰囲気が出ている。
説明が遅れたけども、黒魔導師は、「黒書」と名付けられた、分厚い何章にも分かれる書物に描かれる「魔法」の書に則り、「魔法」を行使する者達である。
つまり、国の教えに反するという事から、「闇の存在」や、「黒の持ち主」など、悪く言われている事は変え目無い。
だけども、スペルは警戒心など微塵も無い訳で、実際警戒していなかった。
だから―
「う、うわぁっ!」
と言う様に、黒い閃光を放たれても、その怪しいチャオが黒魔導師だとは気付かなかった。
しかし、幾らスペルでも、身の危険は理解している為か、すぐ走り出す。
「逃がさんぞ!」
「(って言われたって逃げるしかないよー!)」
駆けながら後ろを振り返るというのも減速になるので、控えめに横目で見るくらいに見たところ、やはりだ。
…やはり、怪しいチャオは足に「魔速」を使用している。
「魔法」レースでは禁則中の禁則。「魔力」自体を加速化させて、足に込めてしまうという、まさに人間やチャオが新幹線より早くなる「魔法」だ。
そんなこともあって、ただでさえ走りの苦手なスペルだ、段々と幅を縮めさせられていた。
そう、確信したのか、それとも観念か、スペルは怪しいチャオと対面し、その怪チャオは止まった。ピタリと。何が「電車は急に止まれません」だ、というくらいに。
「…ぼ、僕に何か用でしょうか?!」
「率直に言う。命をよこせ。」
「い、嫌に、決まってるじゃないですか!」
「ならば、力付く―」
「暴力は反対です!」
「魔法」専門学院、特選クラストップの実力を持つのは誰かと訊かれたら、他でもないスペル=イフォーリアなのだ。
自分ではその実力を自覚していないので、スペルは戦闘に持ち込もうとしないが、本心から暴力を嫌っているので、その場に霧を発生させた。
行使した「魔法」は単純で、単に、炎と氷を発生させただけだ。水蒸気を生み出し、一目散に学院へ逃げていく。
「悪いね…。”長”から君を逃がすなと言われているから。」
「ふっ…ふたり…っ!」
逃げ出した前にも、チャオがいたのだ。後ろには、水蒸気を振り払った、怪チャオが。
…逃げ道を、完全に封鎖されてしまった。
「1つ…質問させて欲しいね。」
「な…何ですか?」
「何ゆえ、「運命の十字架」を?」
「!…知ってるんですか…!?」
「我々の黒魔導師組を甘く見ないで貰いたいな。これでも巷では有名なんだぞ?…「暗黒」とな!」
「「暗黒」…!…って、何でしたっけ?」
思わずコケそうになるほどの惚けっぷりに、怪しげなチャオ2匹組は、呆れた表情を見せる。
「…教えたら、帰ってくれますか?」
「…断る。」
「…教える気が無いんですけど…。」
「そうか、それは残念極まりない。」
「ところで、何でそんなに古風な口調になりきっているんですか?」
再び、思わずコケそうになる惚けっぷりである。
…悪役だからに決まっているだろう!!…怪しげなチャオが揃って言った時には、初めてスペルは気が付いたようだった。
「も、もしかして、近頃噂になっているっていう、「不審者」!?」
「…どうやら、我々の脅威を知ってもらえたようだ。」
「…ぼ、僕を食べても美味しくないぞ!」
「いや、食べる目的じゃねぇって!」
「フローリング」を疑問符に切り替えたスペルは、不意を突かれた様な声を上げた。
「よし、もう一度言う、スベル=イフォーリア!何ゆえ、「運命の十字架」を手に入れんとする?」
「貴方達の目的を聞かせていただければ、教えて上げますよ。ちなみに、僕はス「ペ」です。濁点じゃありませんけど。」
「そんな事はどうでも良かろう!ともかく!貴様は我々、組織の精鋭に囲まれておるのだ!」
「2人しかいないけど?」
「うるさいな!さっさと言え、この野郎!」
「嫌です。」
きっぱりと言い切った、スペルのその表情には―
―笑みがあった。
二部へ。