1 二部
二部―1…空を仰いで…
「お兄ちゃん、また寝てないでしょ。」
「え、うん…。ちょっと調べ物で…。」
「駄目だよ、ちゃんと寝ないと!」
「…ごめん。」
書斎でずっと本を読んでいたのが理由だったのだが、詳細を話すわけにもいかず、スペルはバツが悪そうに謝った。
仕方無さそうに、ルーンは1つ、溜息を付いてから、
「一生懸命なのはお兄ちゃんらしくて良いけど…体調管理もしっかりしないと駄目だよ?」
「うん、分かった。」
果たして、いかなる理由から、これ程ルーンがスペルに対し、過保護なのかと言えば、深刻な事情があるのである。
ルーンは家柄がかなり良く、ルーン=クエイトといえば名門中の名門家。
その家の長女―として生まれ育ったルーンにとって、心の拠り所は必須だ。
なぜならば、幼き頃に、兄を亡くしているのだから。
同じ―「置いていかれた者」として、スペルはルーンの気持ちが良く分かっていた。
ちなみに言えば、ルーンにとって、登校は初めて。新入生なのだ。
つまりは、スペルの1つ、年下になる。
「そう言えば、今日も遅刻だったね。」
「寝坊した訳じゃ、無いんだけどなぁ…。十字架の事だと時間を忘れちゃう癖があって…。」
「また、『運命の十字架』?」
「うん。確か…ルーンの家にも大きな書斎があったよね。」
「小さい頃から良く読ませられてたから。それより、気を付けてよ、最近物騒だし。」
その言い方には、どこか兄の面影があって、スペルはふっと思い出した。
思い出したついでに、最後の教師の言葉を思い出したスペルは、「ああ、危険な立場には陥りたく無いな…。」と、心の底から思った。
約束するよ―そう言いきって、スペルは背後に気配があるのを感じ取る。
紛れも無い、凶暴かつ勇猛果敢の女子、レイユであった。
レイユはルーンを見咎め、とっさにスペルの「フローリング」を掴んで歩いていく。
「さ、帰るわよ。」
「え、ちょっと…じゃ、じゃあね、ルーン!」
「うん、またね。」
半強制的に連行され、スペルは毎度御馴染みの路地を、引きずられていた。
おそらく、彼女なりの優しさなのだろう。スペルは道に迷うから。
…そう信じたい。
「あんたさぁ、」
「どうしたの?」
「あの子に気があんの?」
「気って何?」
「…あぁ、はいはい。聞いたあたしがバカでしたっと。」
頭上の、エンジェルリングの様に浮かぶそれが疑問符の形になったスペルを、レイユは見下すようにそう言った。
即座に、アパートの一室に入ると、鞄を放り投げる様にして、「チャオにも楽々簡単!ミニマムサイズの冷蔵庫!」と広告に描かれている実物を開けた。
何ゆえんか、スペルはかなりの運の良さを持っている。一昨日はデパートの抽選でレシートの当りを引き当て、12540円分得した。
加え、昨日は、現在リビングにて置いてある薄型の「ぷらずまてれび」を、駅前のくじで貰ったという具合だ。
「(何食べようかな…。)」
手早く昼食を済ませたスペルは、仕度の1つもせずにして、電気を消す。
すぐ様出発しようとする前に、彼は額に飾ってある、1枚の写真を手にとって眺めた。
……男の人と、自分自身、スペルが写っている写真。
懐かしそうに見ていた彼は、にこりと微笑んで、写真を棚に置いた。
「(…さ、そろそろ行こ…。)」
ほとんど時間も経たずに、フリアの待つ公園へと、彼は足を運んでいく。
「魔法」の盛んな世界だというからには、勿論、スポーツの一部にも「魔法」が関連するものが多数、ある。
その中の1つに、「魔法」レースがあるのだ。本当を言えば、スペルは走るのが苦手だった。
一昔前に流行った、「魔法」カラテも、今や後の祭状態になっているし…。
「でもさ、「魔法」の訓練にもなるし、丁度いいんじゃねぇか。」
「うーん…そうなんだけどなぁ…どうも走るのは…。」
「お前の主…亡くなった主は、速かったんだろ?走りが。」
「まぁ、うん、速かったよ。人間とは思えないほどに…。」
その、帰り道。一般的な世間話を始めとして、辿り着いた話題は、スペルの主の事だった。
正確には、元、主。数年前に、他界したそうだ。
そう言えば、先の「写真」も説明が付く。あれは、主人と、スペルの写った写真―なのだ。
家に帰るなり、ろくに休みもせず、書斎に入ると、今朝読んでいた本を取り出し、開いた。
分厚いハードカバーの本で、読破するには相当の気合と時間を要する様な、読み応えのある書物である。
その、赤茶色の表紙に、金色の文字で書かれた本のタイトルは…。
「Death and Life of Recalled」
であった。その下記には、「死する者の召還」と、記されている。
…恐らくだけども、死んだ者を生き返らせるという事…ではありそうもない。
そして…たった今、開いているページに書かれた文字の中に、一際目立つイラストと、大きな筆記体で書かれた文字があった。
そう―
「運命の十字架」
―と。