チャオワールド (8)
アオコが植えたハートの木は、みるみるうちに育っていった。
あれからアオコは屋台で動物の解体を手伝うようになり、その報酬としていくらか肉をもらってきたのだが、その肉をハートの木を植えた土に混ぜていた。
肉を養分にするというのはスピアが教えた。
土が肉を分解するのを待たずに、ハートの木の根が肉を分解してしまうのだ。
だから人間の死体をそのまま土に埋めても、数日もすると骨さえ残らない。
そのことを教わって、アオコは豚や牛を丸ごと埋めてみたいと思った。
屋台で働く給料で、牛か豚を一頭買ってみようかと考えている。
だがハートの木を育てるのに一つ障害があった。
それはキングだった。
キングは、自分の用意したガーデン用地以外でハートの木を育てることを快く思わなかった。
東京の、富裕層が暮らす場所に近い所で育てようというのが、特に気に食わなかったようで、キングは木をすぐ抜くように命令した。
地下には、かつての人類が作った電線などが埋まっているんだ。
ハートの木の根がそれを破壊したらどうする。
人類が遺したものにはまだ価値がある。
だがな、それは発電所から電気が供給できてこそだ。
人類の英知のサルベージが終わらないことには、ここをガーデンにするわけにはいかない。
キングは必死に説得をしたが、スピアは従うつもりがなかった。
人類の英知はどうでもよかった。
たとえばそこにチャオに関する予測のデータがあったとしたら、それは見てみたいと思いはするが、それよりもガーデンを広げてチャオの世界を開拓することが大切だった。
一日でも早くチャオが生まれられるように、環境を整えたかった。
人類の代わりに繁栄してくれるというチャオのために人類ができることなんて、そのくらいだろうからだ。
キングから木を抜くように言われ始めてから三日。
いつも車で迎えにきていたキングが来なかった。
キングの車は来た。
だが運転しているのはキングではなく、若い女だった。
「おはようございます。今日からあなたと行動することになった、エミです。キングからは、エミーと呼ばれています」
「キングはどうしたんですか?」
助手席に座りながらスピアは聞いた。
エミーはスーツを着ていた。
おそらく彼女も特権を持っているのだろう。
それか、キングの女なのかもしれない、とスピアは勘ぐった。
「キングはチャオの研究に専念すると言って、“キャッスル”にこもりました」
キャッスルとは、キングの住む超高層マンションのことだ。
キングの住む場所なのでキャッスルだと誰かが言い出して、その呼称は末端にも伝わっていた。
「なにか見つかったんですか!?」
スピアは身を乗り出した。
エミーは同じだけ体を引いた。
「いえ、直接的になにか見つかったわけではなく。ただ、研究のための設備が整ったのです」
エミーはスーツの内ポケットから、小さな板状の機械を取り出した。
スピアはそれがなんであるのか知らなかったが、それはスマートフォンだった。
「こういう通信用の端末が使えるようになりました。なのでキングはキャッスルから出ずとも、各地と連絡が取れるようになったのです」
それに、これまで特権を持っていた人間が所有していた様々な機械もキャッスルに集められている。
そこからデータをサルベージすれば、なにかチャオのことがわかるかもしれない。
だからキングはキャッスルにこもることにしたのだとエミーは説明した。
「ここまで来たのは、スピアさんのおかげでもあります」
「俺の?」
「噂は聞いています。人を殺すことができ、なおかついくら殺しても精神が揺れることのない、特異な人間と」
「ええ」
「あなたが、有益な機械を独占している者たちを殺した結果、キングのところにそれらを集めることができたのです」
なるほど、とスピアは理解した。
この前も特権を持つ者のビルを襲撃したし、それ以前もそういうことが多かった。
使用人を雇っていて人が多く集まっているからターゲットにしているのだと思ったが、それだけが理由ではなかったのだ。
「私もあなたと会えて非常に嬉しいです。なかなかお仲間には会えませんからね」
お仲間っていうことは、あなたも?
スピアが驚いた顔をしていると、エミーは頷いた。
「私もチャオの世界を作るために頑張っているんですよ」