チャオワールド (9)
「今日は、ここから少し離れた所にある集合住宅の方たちをガーデンに運びます」
エミーの運転はキングよりぎこちなかった。
他に車の走らない道、曲がり方が下手でも問題ないが、アクセルの踏み加減がわかっていなくて急加速するのが乗り心地を悪くしていた。
着いたのは、マンションだ。
状態が良ければ特権を持つ者が使用していてもおかしくない、高層で洒落っ気のあるマンションだったが、正面のドアのガラスは破壊されていた。
「ここは二十階まであります。働きに出ている者も多いでしょうけど、これだけ大きい集合住宅ならそこそこ殺せるでしょう。一階から十階までを私がやりますから、十一階からはスピアさんお願いできますか」
「ああ。ところでエミーさんの武器は?」
スピアは金棒という、大きくて一目で凶器とわかる物を持っている。
だがエミーはなにも持っていないように見えた。
「銃です」
とエミーは答えた。
自分の脇腹の辺りを指して、そこに銃があることを示すが、スーツを着たままではよくわからなかった。
「銃って、血が出るのでは?」
出血は少ない方が、ハートの木の養分が増える。
だというのにエミーは興味なさそうに、
「血なんてどうだっていいですよ。養分のことが気になるんなら、人間なんていくらでもいるんですから、たくさん殺せばいいだけです」
と答えた。
そういう問題なのだろうか。
俺はキングにそうしろと言われたから、金棒なんかを持って、血をあまり出さないようにしていたのに。
しかし今、俺の目の前にいる上司は、キングではなくエミーだ。
彼女の考えをむきになって咎めることもないのかもしれない。
「確かにそうですね。銃なら早くたくさん殺せるし」
「そういうことです。無駄口はここまでにして、行きましょう」
狩りが始まった。
スピアは十一階から順に、一部屋ずつ見て回った。
逃げられる心配はないが気配を殺す。
人に危害を加えなくなった人間は、人から危害を加えられることを想像して逃げることもしなくなった。
それでもたまに危険を理解して逃げることを思い付く人間がいて、そんな人間を狩るシーンは非常に興奮がある。
隅々まで見逃さないよう視線を巡らせる。
同時に、遠くで足音がしないか耳を澄ませている。
スピアが二十階まで殺しを終えて、マンションの下を見ると、トラックを停めたすぐ傍に大量の死体があるのが見えた。
もうそこまで運んだのか。
銃で殺すのはそれほど早いのか。
驚きながら階段を降り、仕事が済んだことをエミーに報告する。
「君の殺し方はまるで肉食動物の狩りだとキングは言っていましたけど、本当にそうみたいですね。ライオンががおっと襲いかかって、ウサギが死ぬ」
「エミーさんは、流石銃は早いですね。もうここまで運んで」
「運んではいないですよ。ただ良い仕事があるってだましただけです。住人同士で呼びかけてもらってここに集めたんです」
「効率的ですね」
「ついでに死ぬのも自分たちでやってくれたら、もっと楽だったんですけどね」
そう言ってエミーは、ふふふ、と小さな声で笑った。
スピアにはエミーのジョークの笑いどころがわからなかった。
エミーの提案で、スピアが殺した人たちはまずマンションの窓から放り捨てて一階まで落とすこととなった。
落下の衝撃で死体の状態が悪くなってしまう懸念があったが、エミーはそれを少しも気にしなかった。
死体をトラックに詰めて、ガーデンへ向けて車を走らせ出すと、
「殺しの仕事が終わっても、殺し足りないと思うことはありませんか?」
とエミーは尋ねてきた。
ある、とスピアは答えた。
「そうですよね。もっと殺したいですよね。一日も早く人間の世界を破壊して、チャオの世界を作りたいですね」
人間はみんな殺したくなるじゃないですか。
あなたのことも、今トラックに乗っているスタッフたちも、殺したいじゃないですか。
でも殺してしまうと死体をガーデンに運ぶ人がいなくなってしまうから、殺せないんですよね。
それで言えば、ガーデンの人だって殺したいですよね。
ガーデンはチャオの世界なんです。
そこに人間が住むなんて、許されることではないはずです。
なのにその方がガーデンを作る作業が効率的に進むからって、人間のくせにガーデンに住むことを許されているんです。
早くあいつらも殺せる日が来てくれればいいのにって思いません?
スピアは、そんなこと思っていなかった。
チャオの世界を作りたい気持ちは同じだが、人間の世界を破壊するとまでは考えていなかった。
俺とエミーと、どうにもずれている。
なにが違っているのだろうか?
スピアは、人を殺せる仲間が自分とは少しだけ違う人間であるらしいことが、居心地悪く感じた。
人を殺せる自分と、人を殺せない人々との間なら、どんな違いがあっても普通のことだ。
どんな共通点があったとしても、同じ人類だ、違和感はない。
だけど中途半端に似ている人間がすぐ傍にいるとなると、妙にすわりが悪い。
「ああ、そうだ。ガーデンにあるハートの実、いくつか持ち帰ってしまっていいですよ」
「え?」
「ほら、植えているでしょう。アパートの傍に。キングが目くじらを立てていた」
「そうです」
「キングには黙っておきます。勝手に植えてしまっていいですよ。私も東京がとっととガーデンになってくれた方が嬉しいですから」