チャオワールド (4)

 目が覚めても、アオコは動かないでいた。
 とにかく脱力している。
 いつでも眠りが訪れられるように。
 特に腕の力は一切抜き、全身をシーツの上に捨てておく。
 ベッドや布団はなく、床の上に敷いただけのシーツだ。
 アオコは、なにもしたいと思わなかった。
 
 もうスピアが出かけてしまっていることは、部屋からなんの物音もしないから、わかった。
 アオコには、スピアの帰りを待つこと以外にするべきことがなかった。
 なにもしなくたって、夜になる。
 アオコは、ハートの実が欲しい、と思った。
 でも、ハートの実を飲んだって、一人じゃ空しい。
 おそらく薬の効き目で、空しさなどは感じないだろうと、アオコはわかっていた。
 だけど一人で服用する気にはなれなかった。
 代わりに、ベランダで育てているプチトマトを食べることにした。
 日はもう真上に来ていた。
 そういえばお腹が減ったような気がする。
 アオコは這ってベランダに出た。
 プランターで育てているプチトマトの、一番赤い一粒を取ってみる。
 口に入れてみると、プチトマトはまずかった。
 ろくに味がしない。
 噛むとあふれるトマトの汁が、生ぬるかった。
 ああ、毒だ。とアオコは思った。
 アオコは鉢植えの傍で横になって、さらに何粒も取る。
 まだ熟していなくても、構わずに一粒ずつ口に入れていった。
 これも毒だ。これも。
 味のしない実と汁を次々に咀嚼し、飲み込む。
 アオコは野菜が嫌いだった。
 野菜を美味しいと思った記憶がない。
 だけど拒絶反応はなかった。
 食べれば、確実に体の調子は良くなっていく。
 きっと私の細胞はすっかり毒で出来ていて、だから毒を食べ続けなければならないんだ。
 気付けばアオコは、毒と思っているプチトマトの実をほとんど取ってしまっていた。
 アオコは野菜ばかりを食べて、生きてきた。
 彼女の母親は菜食主義者だった。
 母親から離れるまで、アオコは肉を食べたことがなかった。
 初めて食べた肉は豚肉を焼いただけのものだったが、野菜とはかけ離れた味がして、恐ろしくなった。
 これはきっと食べ物なんかじゃない。
 アダムとイヴの食べた知恵の実だ。
 肉体もアオコの違和感に同調して、動物のタンパク質や脂質を受け付けず、翌日は熱を出して寝込んだほどだった。
 そうだというのに、スピアは私に肉を食べさせたがっている。
 今日もきっとなにかの動物の肉を買って帰ってくるのだろう。
 それは毎日のことだった。
 アオコは一口か二口だけ食べて、残りをスピアが平らげていた。
 スピアは肉を普通に食べられる。
 スピアは、私にもそうなることを望んでいる。
 そうしたら私はどう変わるのだろう。
 アオコは室内に戻らず、プランターの傍で眠ってしまった。
 アオコの非常に静かな呼吸は、リズムを持たずにぼんやりと漂っているだけだった。

このページについて
掲載日
2019年8月6日
ページ番号
4 / 15
この作品について
タイトル
チャオワールド
作者
スマッシュ
初回掲載
2019年8月3日
最終掲載
2019年8月15日
連載期間
約13日