チャオワールド (5)
ガーデンは、車で一時間ほど移動した郊外にある。
ハートの実の成る木で作る人工森林のことをキングはガーデンと呼んでいた。
三年前に作り始めたばかりだったが、既に二百本の木が五メートルを超えて、実をつける状態にまで成長していた。
ハートの木はある程度の高さまで育つと、今度は横に成長する。
腕のように太い枝を周囲に無遠慮に伸ばし、どこまでも広がろうとする。
ハートの木は、上空には競合する相手がいないが、水平方向にはいくらでもいることを知っていた。
あるいは、森らしい形を作って自分たちのテリトリーとするために、ハートの木同士で結託して手を差し伸べ合っているのかもしれない。
そうして広げた枝に実がついていく。
ハートの木は元々成長が早い木だったが、スピアが加わってからはさらに加速した。
今年中には、もう五百本が実をつけるようになるだろう。
キングの車とトラックがガーデンに着くと、すぐに人が群がってきた。
全員が、裾が長くて膝の辺りまで隠れる、Tシャツのような衣服を着ていた。
男も女もみんな、そのTシャツのような服だけ身につけている。
ガーデンの常駐スタッフで、キングは十人ほどの男女をこのガーデンに住まわせていた。
ガーデンに暮らす者たちはトラックから死体を引きずり下ろす。
今日の死体は二十五体。
スピアは、ビルにいた人を一人も残らず殺した。
大したことではない。
誰も逃げることを知らなかっただけだ。
その死体を、あちらこちらに運んでいく。
ここでも仕事は三人一組だ。
二人で死体を動かし、もう一人が三人分のシャベルを運ぶ。
作業はスピアも手伝った。
つまらない肉体労働は、闘争心を冷ますのにちょうど良かった。
死体は、木から少し離れた場所に埋める。
木の傍を掘ると根っこを傷付けてしまう恐れがあるし、離れた場所にある養分でもハートの木は成長してくれる。
上半身の分をスピアが掘って、下半身は二人の女が掘った。
スピアが一定の小気味よいリズムで掘っていく様に女たちは関心して、ちらちらとスピアを見ていた。
死体を埋め終わると、一緒に作業していた女のうちの一人が、
「一汗かいたし、気持ちいいことしようよ」
と体を密着させてきた。
裾をまくって、陰部をスピアのジーンズにこすりつけた。
女の長い髪はスピアの腕をさすった。
「そんな気分じゃないな」
とスピアは断った。
貞操を守るということではなく、本当にそういう気分になれなかった。
過熱した暴力性がうまい具合に落ち着き始めていた。
すっかり消沈してしまうまでは、再び興奮するエネルギーが回りそうにない。
だがそんな理由は思い至るはずもない。
「あ、そっか。私たちと違って、食べてないもんね」
ガーデンの女は、足下に落ちていたハートの実を拾って、差し出した。
びわに似た形をした、握り拳より一回り小さい果実だった。
これ、凄く効くんだよ。
錠剤とは全然違うから。
女は食べるように勧めてくる。
スピアは受け取りはしたが、口には運ばずにいた。
その様子を見て、もう一人の女が、
「もしかして彼女とかいるんじゃない?」
と言った。
すると、くっついていた女は、逃げるように反射的な動きで、スピアから身を離した。
「そうだったんだ? ごめんねぇ」
体を縮こまらせて、女は反省の意図を見せる。
助かった、とスピアは思った。
彼女たちはハートの実の効き目のただ中にいるようなのだが、意外と話は通じるようだ。
時間が経っているのか、それとも日頃から食べ過ぎていて慣れてしまっているのか。
どちらにしても、わかってくれるのなら最初から適当な理由を言って断っておけばよかった。
口出ししてきた女は、スピアの手にあるハートの実を指差して、
「それ、彼女と食べなよ。本当に凄く効くから」
と言った。
その帰りの車の中でスピアは、
「チャオは、まだ生まれないんですかね?」
とキングに聞いた。
最初、キングは答えなかった。
スピアの質問を耳では聞いていたのだが、頭が聞いていなかった。
五秒くらい経ってからキングは話しかけられたことにはっと気が付いて、
「ん? あぁ、チャオか。チャオはまだだろうな」
と答えた。
「チャオがいつ頃生まれるか、まだわからないんでしょうか?」
キングは、わからない、とつぶやくような声で答えた。
その答えを聞いて、スピアの表情が深刻そうに陰った。
焦るなよ。
キングは笑った。
「俺たちはやるべきことを確実にこなしている。そうだろ? ハートの木のガーデンは着々と広がっている。あそこ以外でもガーデンは作り始めているんだ。ハートの木が増えれば増えるほど、チャオが生まれるのも早くなるはずだ。だから俺たちがやるべきことをやっている限り、近い将来、チャオは生まれる。そうだろ?」
そうだ、確かにそうだ。
スピアは頷いた。
それに、とキングは言った。
「お前のおかげで、あのガーデンは成長スピードが格段に速い。他のガーデンでは豚とか牛とか、そういった家畜で代用することも試しているんだが、なにぶん、家畜も殺せないやつがほとんどだからな。なかなか進まない」
上手くいっているのはお前のおかげだ。
キングはそうスピアに言い聞かせた。
「必要なら、他のガーデンの分の家畜も人も、俺が殺しますよ。俺ならなんでも殺せます」
それがチャオの世界を作るためになるのなら、とスピアは意気込んだ。
しかしキングは難しい顔をした。
「お前がよくてもな。死体を運ぶためにトラックを動かすのも、なかなか大変なんだ。遠くまで運ぶのはきついだろうな」
言われてみれば、そうだった。
スピアは一人で息んでしまったことを恥じた。
だがキングは上機嫌になって、
「まあ、お前がそう言うのなら、ここでの仕事をとっとと終わらせて、別の場所に移ろうじゃないか。育てなきゃいけないガーデンはいくらでもある。そのための犠牲となる人間もな」
と言った。