Episode 4  愛別離苦 腕の中で消えゆく温もり

「川の流れは絶えずして、しかも元の水にはあらず」
誰の言葉かは忘れてしまったが、よく言ったものだ。

その言葉の如く、世は無常。
『タイニーと一緒にいたい』
無意識のうちに抱いていた、その願望が崩れ去る日は、そう遠くなかった


                     Episode 4
              愛別離苦 腕の中で消えゆく温もり
                 "the Sorrow of Parting"


別れの日は、突然やってきた。
その時は、丁度タイニーがやってきてから2ヶ月目。
出会いの日とは全く逆、満天の星空が輝いていた。

その日は少し奮発してケーキを買ってきた。
俺が選んだのはフルーツケーキ。
タイニーがケーキを食べられるかどうかとは思ったが、フルーツだけでもと考えての選択だった。

近所の店で安売りをしていたこともあったが、節目の時に何かお祝いをしたかったのだ。
タイニーが、俺の元にやってきてから2ヶ月という節目に。

だが、今思えば、心の何処かで予感していたのかもしれない。
今やっておかないと、もうできなくなるのではないか、と。


家に帰ると、タイニーが鮫のような口でニヤニヤしながら出迎えてくれた。
繭に入ってから、この表情はよくやるようになっていた。
だが、この日は何となく違う意味を内包しているように思えた。
その時の俺には、その真意は分からなかったが。

俺が買ってきたフルーツケーキを見せると、タイニーは飛び跳ねて喜んだ。
何のことはない。いつものタイニーだ。
それを見て、先ほど抱いた一抹の不安は消えた。

タイニーがケーキを食べられるかどうかの心配は、杞憂に終わった。
幸い、成長したせいか、フルーツケーキを美味しそうに平らげてくれた。
タイニーは、ため息と共に、腹をたたいて満足を表現する。もちろん、ハートマークも一緒だ。

食器を片付けてタイニーのところに戻ると、タイニーはまた手を後ろに回してニヤニヤしている。
さっきからなんだか気味が悪い。

『どうしたんだ? さっきからニヤニヤと……』

俺はしゃがんでタイニーに聞いた。
するとタイニーは、折りたたんだ画用紙を取り出した。
その画用紙は、俺がタイニーに買ってやった画用紙だった。

俺がそれを受け取り、とりあえず礼を言うと、タイニーは嬉しそうにハートマークを出した。
そして、タイニーは俺に背を向けて歩き出した。

その後ろ姿がどことなく孤独に見えた。
タイニーが、何処かに行ってしまうのではないか……そんな不安に駆られた。

俺は掛けだした。その瞬間、タイニーの後ろ姿が霞んだ。
タイニーの身体が、灰色の繭に包まれ、徐々に薄れていくのが分かった。
繭越しに俺がタイニーを抱きしめると、タイニーはゆっくりと振り向いた。
タイニーは寂しそうな顔で泣いていた。
俺も、なりふり構わず涙を流しながら、いっそうきつくタイニーを抱きしめた。

そう……お別れの時が来た……
俺にそれを悟られまいと、悲しい気持ち押し隠して、無理して笑顔でいたんだな。

  ―――た…のし…かった………ア……リガ…ト……

抱きしめた腕越しに、タイニーの思いが伝わってきた気がした。

それを聞いて、今までのタイニーとの思い出が、次々と浮かんできた。
謎の卵から生まれたばかりで、フラフラしている姿………
大好物のレモンを酸っぱそうに頬張る姿………
銭湯で嬉しそうに泳ぐ姿……
楽しそうにクレヨンで絵を描く姿……

俺はとっさに、食後の口直しにと持っていたレモンをタイニーに持たせた。
そして、口には出せなかったが、心の中で何度も叫んだ。

  ……俺も楽しかった……ありがとう………

そして、辛うじて呟いた。

      『さ よ う な ら』

一瞬だけどタイニーが微笑んだ気がした。
そして次の瞬間、俺の腕が宙を掻いた。

そこに、タイニーの姿はもう無かった。
あるのは、己が流した涙に濡れる俺の腕だけ。

俺は、泣いた。
端から見れば情けないだろう。笑いたければ、笑うがいい。
だが、ほんの今までそこにいた存在、俺を見て微笑み、俺にすがりついてきた存在。
それが今、この腕の中で消えたのだ。なのに、俺は何もできなかった。

その"事実"を目の当たりにし、それが受け入れられない。
受け入れられない事実が、涙となってあふれ出る。

俺は、悲しくて、やるせなくて、一晩中泣いた。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第118号
ページ番号
4 / 6
この作品について
タイトル
TINY ~devil-looking ANGEL~
作者
NORIMARO
初回掲載
週刊チャオ第118号