The Endless Winter:3

外は寒い。
家の中で遊ぶのも良かったが……少女はアウトドア派のようだった。
いつもいつも、騒がしい公園で、遊具に積もる雪、ベンチに積もる雪、その冷たさに驚いて、オルゴールを響かせながら―……。


外は寒い。
家の中で遊ぶのも良かったが……キオクはアウトドア派のようだった。
いつもいつも、孤独な公園で、遊具に積もる雪、ベンチに積もる雪、その冷たさに慣れ親しみ、オルゴールを響かせながら―……。



ヤナギと、笑っていた。
そうして、いつの間にか、本当にいつの間にか。

ヤナギは、深い井戸の底で、静かに、眠りに着いていた。



オルゴールは子守唄。
子守唄はその音色。音色は雪と共に謳い、謳うは冷たい雪の大合唱。
こんこんと降り続くその〝音色〟の中で、そしてその〝夢〟の中で、ヤナギは眠り続けていた。
長い季節を、終わらない冬を。


そう、暖かくはけしてならない、永遠の冬を。




2:永遠の子守唄




雪が積もっていた。
体が重かった。オルゴールの音色と、わずかだが車のエンジン音が聞こえた。
聞こえるのはそれだけだった。
顔が、体が、全てが冷たい。
自分は雪の中にいるのだと、ヤナギは初めて気がついた。
重さを乗り越え、立ち上がる。
ばさっと雪が雪上に落ちた。


「キオク……?」


オルゴールの音色が響き渡る。
ところが、元気よく走り回る足音が、しなかった。


「キオク……!?」


いない。
姿が見えない。
オルゴールは鳴っているのに。
ふと、ヤナギは木陰を見た。



主のいないオルゴールが、たった独りで音色を奏でていた。

その前には、小さな足跡。人間の靴幅よりはるかに小さな、足跡。

まるでそこだけ時が止まり、空間が途絶えているように、

小さな足跡が二つ、残っていた。




時間は、十二月二十四日、午前零時。
〝少女〟の示した、七日目だった。
それをヤナギは、帰ってから初めて気が付いた。
やはり母親は、いなかった。




あと、七日。
その意味をヤナギはやっと気が付いた。
それなりに楽しんでいたつもりだ。
しかしなぜ、なぜ楽しんでいたのだろう。
たった一週間、それほど親しかった友人と遊んでいた訳ではない。

でも、とヤナギは思う。

楽しかった。
昔のように、楽しかった。気がした。
どう笑っていただろう。どう楽しんでいただろう。


守られた、記憶。
ただ、それなだけ。


ヤナギは言葉の意味に気付けなかった不甲斐無さと、どうしても分からない言葉の羅列に、自己嫌悪に陥った。
オルゴールが好きだった。


キオクは、オルゴールが好きなのだ。
キオクは、アウトドア派だった。
キオクは、体が白くなって来ていた。
キオクは―……そうだ。


あと、七日。キオクはそう言っていた。
あと七日で死ぬ、そう言いたかったのだろうか。
果たしてそれは違う、ヤナギはそう思った。
キオクはほとんど人間と変わらない。
食生活も同じなのだから。


たったの一人間が自らの死期を完全に予測出来るだろうか?


創作物では、確かにそういったケースも少なくは無い。
だが、現実は違う。人間は予期せぬ時に死に行く。
しかしキオクは「七日」と言っていた。
それはたぶん、死ぬ時ではない。

だとしたら、何なのか。

頭の中に〝少女〟の表情が浮かび上がった。
ヤナギははっとした。
もしかしたら、という推測では無い。
まさか、という、後ろ向きな、そうであって欲しくない希望。
ヤナギは押入れからアルバムを引っ張り出した。


―……幼馴染と、一緒に撮ったたくさんの写真。


正確には、父親がまだ生きていた頃に、父親に撮って貰った写真。
その中に、〝少女〟が、上之仁美が載っているはずの写真には、
どこにも、その姿は無く。
ひたすら、雪景色が映し出されているだけだった。


有り得ないことだった。
しかし、ヤナギは衝撃と同時に、確信を得た。
仁美が消えた理由と、キオクが消えた理由。


これは推測だった。
だが、確信に似た、推測だった。


キオクは言った。
「楽な方向に向かって行ってはいけない」と。
「自分は守られた記憶」だと。
これらが示す結論に、これらに示される記憶を、なぜ忘れていたか。


ヤナギは、時間を確認した。
習慣になっていたはずの、時間を確認するだけの行為。
それも、恐らくは―……。


オルゴールが響いていた。
時刻は、十二月十四日の、午前四時半。
〝少女〟の眠る病院まで、一体どのくらいの時間がかかるかは分からない。
今日中に終わらせないといけないかもしれない。
明日になってはいけないかもしれない。
分からない。
ならば、今すぐに。


ヤナギは家の鍵も閉めずに、飛び出した。
自転車に乗って、滑る雪の上を、精一杯に漕ぎ出す。
オルゴールを持って。


耳には、オルゴールの音色と、〝少女〟の声が届いていた。




病院の場所は知っていた。
いや、正確には……思い出した。
そこまで、ヤナギは全速力で漕ぐ。
雪にタイヤの跡が残っていた。
さすがに滑る。転んだ。
それでも、また立て直す。

ヤナギは再び漕ぎ出した。

『病院―……407号室。
そこに、〝少女〟はいる。

そして、俺を待っている』



何時間かかったかは分からない。
太陽は真上あたりに来ていた。


ヤナギは、目的地に辿り着いた。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第301号&チャオ生誕9周年記念号
ページ番号
4 / 6
この作品について
タイトル
The Endless Winter
作者
ろっど(ロッド,DoorAurar)
初回掲載
週刊チャオ第301号&チャオ生誕9周年記念号