The Endless Winter:1

笑っていた気がした。
多分、面白かったような気がした。


でも、それもつかの間で。
いつも、いつもつかの間で。
全部、全部、奪われて。



「あと、七日」



長い冬。


終わらない冬。


消えてゆく季節。




それでも、消したくなかった。





[ The Endless Winter ]



プロローグ:雪の大合唱



地球温暖化が世間を騒がせる。
そうして、世界各国は大きな対策を打った。
便利になっていた世界が変革した。


しかし、力は止まる事を知らない。


失われた、春の萌し。
失われた、夏の囁き。
失われた、秋の彩り。



世界は。



「―……柳、ヤナギ?」
声が彼を呼び覚ました。
深い、暗闇の奥底から、呼び覚ました。
「ああ、起きてるよ」
森内ヤナギは、教室で目を覚ました。
彼を呼ぶ声は、どこにも無かった。
代わりに、ヤナギの視線には見慣れた旧友が目の前で顔を覗き込んでいた。
「寝ぼけてる?」
「かもしれない」
確かに声が聞こえたはずだったのに。
そう思ってから、ヤナギは旧友を一瞥して、時間を確認して置いた。
「放課後?」
「そうよ」
目の前の女子生徒は、明るく頷いた。
小さい頃笑わなかった少女は、すっかり変わっていた。
「………」
外は雪。
止む事の無い、悠久の銀色世界。
「誰?」
ヤナギの口から、声が出た。
それは、記憶の片隅から信号として、発された唯の声だった。




旧友と帰る道は寒かった。
名前を上之[かみの]仁美[ひとみ]という、いわゆる幼馴染は、笑いながら話す。
幼馴染だ、と断言出来るのは、記憶が残っているからではない。
家に、幼い頃の仁美の写真が、思い出が、たくさん残っているからだった。
ところがその幼馴染の主語は、大分前から、「作さんが」だった。
ヤナギの心情は複雑だった。
複雑すぎて、笑い方さえ覚えていられなかった。

幼馴染の家の前で別れて、ヤナギは雪の積もった道を独りで歩く。
生まれて来てから、物心が付いた時にはすでに雪が積もっていた。
毎日毎日、雪道をただひたすら歩く。

雪国人は言う。〝雪など邪魔なだけだ〟と。
しかし、その雪国に住む―……といっても、世界には雪国でない場所など存在しないだろうが、ともかくもヤナギは雪が好きだった。
残るから。
どんなに遠くの距離を歩いても、その足跡は残る。
いつか消えてしまっても、それは残る。
歩いた軌跡となって。



家の前に行くと、
何かが倒れていた。



ささやかな想い出。
小さい頃の記憶がふと浮かんで、また消えた。
それは小さかった。
頭の上には丸い物体が浮かんでいる上、加えて羽が生えている。
人間ではなかった。生物ですらないかもしれない。
だが、生物だろうと、ヤナギは直感的に思う。
倒れているそれを起き上がらせて、抱える。
眠っていた。



「あと、七日」



「七日?」
何の期限だろう。
どうして声だけが聞こえるのだろう。
「七日?」
もう一度呟く。
抱えていたそれが、咳き込んだ。
「大丈夫? って、聞こえないよな、とりあえず」
家の中に入る。
鍵が閉まっていた。



ああ―……親戚の少女の元に行っているのか。


ヤナギには母親しかいなかった。
離婚したからだ。理由は分からない。
その母親は、日ごろよく病院に行く。
親戚の少女が、記憶喪失。
それだけ伝えられていた。
案の定、家の中に入ると、テーブルの上に書置きがしてあった。

とりあえずは、この生き物(?)が先決である。
そう考えて、ヤナギは布団を用意してコタツの電源を付けた。
小さすぎて、難なくコタツの中に入ってしまう。
半分くらいコタツの中に入れてから、布団を被せた。





起きてから、ヤナギははっとした。
寝てしまっていた事は歴然である。しかし、ともかくあの生き物をと思い、
そこにいる事を確認して、安堵した。

起きていた。

「大丈夫? 道端で倒れていたから、俺の家に連れてきた」
「うん。ありがとう」
その微笑に、デジャヴを覚えて、また消える。
感覚を無視して、ヤナギは次の質問を考えた。
「君は?」
「〝チャオ〟だよ。私は、〝守られた記憶〟」
チャオ―…聞いた事の無い響きだ。
「守られた、記憶っていう名前なの?」
「……特定の名前は無いよ? でも、私はそれなだけ。分からないかなあ」
ヤナギは首を横に振る。
当然だった。そもそも、言っている意味どころか、生物そのものの存在すら知らないのだ。
「もう、いいけど」
胃が落ちた。
壮絶な落下感と目眩に襲われて、ヤナギは前のめりに倒れこむ。
「大丈夫!? ダメ、ちゃんと意識持って! 楽な方向に向かっちゃ、ダメ!」
息を荒くしているヤナギの視界は、暗闇だった。
何も見えない。
だけど、声だけはしっかりと聞こえていた。
そして、体に当たる空気も。


わずかの時間を置いて、ヤナギは落ち着いた。
「……なんだ、今の?」
「良いの。良いから。ね」
何が良いのか。何が〝ね〟なのか。
その時彼には、何一つとして理解できず、しようとも思えず。
確か、以前にも同じ感覚がと考えて、雑念を振り払う。
「分かったけど、君はどうするの? 俺は家にいてもらっても構わないけど、母さんはどうせ明日の夜まで帰ってこないだろうし」
「……出来れば、そうしたいな。最後の、七日間だから」
その意味が、彼には何一つとして―………。









このページについて
掲載号
週刊チャオ第301号&チャオ生誕9周年記念号
ページ番号
2 / 6
この作品について
タイトル
The Endless Winter
作者
ろっど(ロッド,DoorAurar)
初回掲載
週刊チャオ第301号&チャオ生誕9周年記念号