1・冷たい頬
どこかで遭いましたね。そうでしたね。
そんな感じで話し合える日は来るのだろうか?
そう思いながら、俺は今日もベッドに座っている。
The breeze
病院の秋から冬は体も心も寒い。
白い壁は外の景色と重なり、いっそう無表情になっている。
でも、こいつにはそれさえ見えない。
そんなことは俺には考えられないほどだ。
「ねぇ、真さん。ブリーズは調子良い?」
「ああ、相変わらずぴんぴんしているよ。」
「そう。それはよかった。」
息吹はそっと俺が近づけたチャオ、ブリーズを抱く。
しかし、ブリーズと息吹の目線は外れている。
それは息吹がブリーズの目線が分からない、つまり見えない。
息吹は俺も見えない。何もかもが見えない。
俺に会う前から決して合わせられないその目線。
でも、彼女は彼女なりに幸せなのだろう。
そんな息吹ももう目の手術が決まっている。
明後日だ。
「ねぇ、真さんの顔ってどんなんだろうね?」
「さぁな。俺にもわからねぇや。」
内心、そのような軽い発言を出来るような状態ではなかった。
もしも俺の顔を嫌って一生逢えないようになったら・・・。
それが杞憂かどうかは明後日まで分からない。
もやもやした暗い感情が息吹の瞳に反比例する。
目が治る前に一度だけでも顔を確かめ合ってみたい。
「じゃあ、おれはそろそろ帰るから。」
「分かった。真さん。」
そうしているうち、面会時間の終わる放送が流れてきたので、
俺は病室を出た。
病院を出ると、一段と寒い風が身も心も冷やしていく。
俺はブリーズとともに街路を進んでいく。
ブリーズはきゃっきゃと俺の暖かい胸ではしゃいでいる。
こんな時、つくづくチャオって純真だなと思ってしまう。
ブリーズは元々息吹のチャオだった。
でも、病院ではチャオも泊まれないので俺が預かっている。
・・・こんな時先ほどの杞憂な考えを照らし合わせてしまう。
もし、息吹と別れたらこいつとも会えないんだなぁって。
「なぁブリーズ。どう思う?純真なおまえだけが頼りだよ。」
家に帰りソファーに寝ているブリーズにそっと呟く。
おれは、立ち上がってカレンダーに又×を付けていく。
・・・明後日・・・か。
俺は力が抜けたかのように又へたり込んでしまう。
そして、今日は何も食べずに寝ることにした。
夜中になった。俺は目が覚めてしまった。
ブリーズも夜中になって起きてしまったようだった。
俺らは外に出ることにした。
「ブリーズよぉ。どうする?明後日だぞ?」
「ちゃぁお?ちゃぉちゃお。」
「意味が通じているのか?全く。」
白い吐息を吐きながら、俺はブリーズを小突く。
ブリーズは照れたかのように笑っている。
やっぱり、俺はもう家を出ようかなぁ。
そう思いながら夜更けの街をただ歩く。
こうみると不審者のようだな。ま、かわいいチャオがいるから。
途中で煙草を吸いながら又進んでいく。
いつしか、海に着いた。
太陽が昇り始めていた。もうそんな時間だったか・・・。
沖からは漁船が港に戻り始めていた。
・・・あんな太陽に俺はなれるだろうか。
又戻ってくる、感情。まさに感情のUターンだ。
「風が吹き始めたな・・・。戻るかブリーズ。」
「ちゃお?」
俺の目には何故か水分がたまってきていた。
俺は、この木枯らしで目が乾いているからだと信じた。
そして、その目からこぼれた水は、
俺の冷たい頬を少しずつ暖かくしていったのだった。
あと、一日で、あいつの目は見える。
ブリーズと二人だけで来るのはもう無いだろうな。
そう思いながら俺は来た道を引き返した。